新書大賞『現代思想入門』には芸がある2023年03月18日

 私の読書の関心領域は現在のところ歴史がメインで、その周辺として社会学も学んでみたい。哲学は敬して遠ざけている。抽象度が高い思考に頭が耐えがたいのだ。だから『現代思想入門』という新書が売れていると聞いても手に取る気はなかった。

 だが、この本が新書大賞第1位と聞いて、野次馬ミーハー気分で購入して読んだ。

 『現代思想入門』(千葉雅也/講談社現代新書)

 新書大賞は書店員・書評家・各社新書編集部・新聞記者などの投票で決まるそうだ。「現代思想」という小難しい分野の本が票を集めたのが意外で、どんな内容なのか気になったのである。

 読了して新書大賞受賞を納得した。読みやすくて面白い。しかし、わかりやすくはない。テーマが現代思想、つまりポスト構造主義のデリダ、ドゥルーズ、フーコーなのだから難解で当然だ。私は、これらの哲学者の高名を聞きおよぶのみで、その著作に接したことはない。

 本書を読んで、井上ひさしの言葉「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに」を想起した。そんな芸を感じる本である。

 著者が述べているように本書は入門書ではなく「入門書のための入門書」である。本書のメインは「デリダ――概念の脱構築」「ドゥールーズ――存在の脱構築」「フーコー――社会の脱構築」であり、それをかみ砕いて解説している。たとえばデリダの「概念の脱構築」を「決断するときは未練込みで決断するしかない」という身も蓋もない世俗的言葉に落とし込んでいる。

 著者は、哲学書はくり返し読まなければ理解できないと述べている。「入門書のための入門書」の本書も一読で理解できるわけではないし、本書だけで「現代思想」が理解できるわけではない。本書を契機に「入門書」→「原典」と進まねば「わかった」とは言えないだろう。本書には「付録 現代思想の読み方」という秀逸なガイドがあり、これを読むと原典に挑戦したくなる。

 だが、高齢者の私は、今のところデリダ、ドゥールーズ、フーコーに挑戦する気力がない。前人の言説への批判・否定・脱構築を繰り返している現代思想の賞味期限も気がかりだ。歴史や社会を考えるには哲学が必要なのだろうとは思うのだが。