歴史学の状況が垣間見える教科書の変遷2016年11月01日

『こんなに変わった歴史教科書』(山本博文ほか/新潮文庫)、『ここまで変わった日本史教科書』(高橋秀樹・三谷芳幸・村瀬信一/吉川弘文館)
◎歴史教科書の変化を解説した2冊

 最近の歴史教科書は以前の教科書とずいぶん変わり、鎌倉時代の始まりは1192年(イイクニ)ではないし、士農工商という言葉も使わなくなっている。そんな話をテレビ番組で何度か耳にし、気になっていた。で、似たタイトルの次の2冊を読んだ。

 (A)『こんなに変わった歴史教科書』(山本博文ほか/新潮文庫)
 (B)『ここまで変わった日本史教科書』(高橋秀樹・三谷芳幸・村瀬信一/吉川弘文館)

 (A)は2008年に東京書籍から刊行された単行本の文庫版で、著者は東京書籍の中学校教科書の編集委員だった歴史学者だ。東京書籍の中学校用歴史教科書の1972年版と2006年版を比較し、昭和の教科書と平成の教科書が三十数年を経てどう変わったかを解説している。ちなみに、中学校用歴史教科書は7~8種類あるが、東京書籍版はシャア50%以上のメジャーである。

 (B)は2016年9月発行の新刊で、著者3人はいずれも文部省の教科書調査官(一人は元調査官)、小学校・中学校・高校の教科書の日本史に関する記述の変遷を解説している。本書で知ったのだが、教科書検定のための調査をする教科書調査官は一般の国家公務員試験とは別の選考基準で採用される専門家で「学界でも評価されている著書や論文を発表している研究者」だそうだ。

 (B)が「日本史教科書」なのに(A)が「歴史教科書」となっているのは、(A)が対象としている中学の歴史教科書は日本史に簡単な世界史の記述も織り込んだ形になっているからだ。(A)が取り上げているテーマも冒頭の「人類の出現」以外はすべて日本史の話だ。

◎旧説が新説に置き換わるには30年

 教科書の記述内容が時間を経て変化するのは歴史研究の進展によって学説が変化するからだ。学界に新説が提示され、それが通説になるには相応の時間がかかり、旧説が新説に改められるにはおおむね30年ほどかかるそうだ。だから、30年も経てば教科書の内容も変わることになる。

 (B)の著者である教科書調査官の主な仕事は、提出された教科書の記述が通説から逸脱していないかどうかを判定し「検定意見」を提示することだ。通説が何かは教科書調査官の判断に委ねられるわけで、そこらに教科書検定の難しさの要因のひとつがあるようだ。私は歴史学の門外漢なので詳しいことはわからない。

◎教科書に歴史学の状況が反映されている

 難しい話は別にして2冊とも興味深い読み物で、日本史をおさらいしながら、教科書に反映されている最近の歴史学の状況を垣間見た気分になる。

 当然ながら(A)(B)で同じテーマを扱っている点も多い。(A)が特定の中学教科書の昭和版と平成版の違いを具体的に取り上げているのに対し、(B)は小中高の日本史教科書の変遷を概観したエッセイ風で、歴史研究者でもある教科書調査官のつぶやきが散りばめられていて面白い。

◎『日本の歴史をよみなおす』(網野善彦)を読んだので…

 この2冊を読んだきっかけは、テレビ番組での情報とは別に、網野善彦氏の『日本の歴史をよみなおす(全)』(ちくま学芸文庫)を最近読んだことにもある。20年以上前に出版された本の文庫版だが、私にとっては眼から鱗が落ちる指摘にあふれた興味深い本だった。網野善彦氏は自説について、これは通説ではないが私は確信しているといった記述を何カ所かでしている。

 20数年前に網野善彦氏が『日本の歴史をよみなおす』で指摘した事項が多少は現在の歴史教科書に採り上げられているだろうか、という興味もあったのだ。

 で、この2冊を読んで、網野善彦氏の指摘のいくつかは現在の歴史教科書に反映されているように思えた。百姓=農民ではないという話や、士農工商とは別の職能の人々の話、中世から近世までの天皇の位置付けなどなど、現在の歴史教科書は確かにリニューアルされてきているようだ。

 (B)において足利義政・富子像が一変してきていることを指摘した筆者は「いま一番ホットでおもしろいのは、室町時代だといっても過言でなはい。」と述べている。そんなことに疎かった私は「へえー」と思った。