星一の『三十年後』を読んで明治・大正の空気に触れる2015年10月06日

『明治・父・アメリカ』(星新一/新潮文庫)、『人民は弱し官吏は強し』(星新一/文藝春秋)、『三十年後』(星一/新潮社)
 星新一は星製薬の御曹司で、父親の急死によって若くして会社を引き継ぐ。その頃、すでに会社は傾いており、悪夢のような数年を経て会社を手放す。そして、無聊の日々の後にSF作家に転進した。よく知られているこの逸話は、日本SF創世記の神話のような話である。

 星新一の父親・星一(ほしはじめ)が創業した星製薬は戦前は東洋一と言われるほどの製薬会社で、星一は衆議院議員や参議院議員にもなっている。だが、戦後生まれの私には星製薬や星一に関する記憶はない。

 私が星一について知ったのは、星新一の『人民は弱し官吏は強し』を読んだときだった。約半世紀前の1967年のことだ。かなり衝撃的内容で、星一についての興味がわいた。しかし、それ以上に星一に強い関心を抱いたのは、その頃『SFマガジン』に掲載された『三十年後』という小説に関する記事を読んだときだった。

 『三十年後』は星一が書いた未来小説で、星新一が生まれる前の大正7年に出版されている。息子である星新一もこの本を持ってなく、手をつくして探していたが、なかなか見つからない。その『三十年後』が、SF科学評論家・斎藤守弘によって古書街で発見されたというニュースが『SFマガジン』に載ったのだ。この小説は、星製薬が開発した新薬によって30年後の世界はユートピアになっているというSFで、星新一がタイムマシンで過去に行って書いたのではなかろうか、と結ばれている記事だった。

 この記事を読んで『三十年後』を読んでみたいと思った。それから半世紀、新潮社から『三十年後』(星一/要約・解説:星新一/監修:星マリナ)が出版されたと知り、さっそく購入して読んだ。ついでに、未読だった『明治・父・アメリカ』(星新一/新潮文庫)を読み、『人民は弱し官吏は強し』(星新一/文藝春秋)を再読した。

 今回出版された『三十年後』は、大正7年に出版された内容の復刻ではなく、星新一が約半分に要約したもので、『SFマガジン』の1968年10月号に掲載されたものだった。うかつにも私はこの要約版の存在を知らなかった。1968年頃から『SFマガジン』を定期的には読まなくなっていたのだ。

 できればオリジナルの形で読みたかったが、要約版でもレトロな雰囲気を味わうことができた。『三十年後』の著者は星一となっているが、星一のアイデアに基づいて江見水蔭という小説家が執筆したそうだ。半世紀前の星新一の解説にもあるように、これは星製薬のPR小説であり、他愛のない空想社会の話である。大正7年から見た30年後は昭和23年、私の生まれた年である。もちろん、昭和23年の現実とはほど遠い世界の物語になっている。

 『三十年後』は、星製薬が開発した画期的な薬品によって穏やかで平和な世界が実現した社会を描いている。過激な考えや激情は薬効で抑えられ、人々は穏健でその思想は平均化されている。これをユートピアと見るのはあまりに無邪気であり、現代のわれわれから見ればむしろアンチ・ユートピアにも見える。ただし、「熱狂」が歴史に多大な悲劇をもたらしてきたことは、ナチスやイスラム国などを見ても明らかであり、星一のアイデアを一概に否定するのも難しい。

 それよりも、『三十年後』を読んで私が感じたのは、大正時代の明るさと軽さだ。大製薬会社の社長がこんな能天気(?)で無邪気な小説を出版する時代というのは、きっといい時代だったのだと思う。小説の雰囲気は星一のキャラクターによる部分も大きいだろうが、そんな人物を生み出す時代の空気があったと思われる。

 そして、『明治・父・アメリカ』に描かれた星新一の父と祖父の姿からは、明治時代の明るい側面が見えてくる。星一の父・星喜三太は磐城の江栗村の農民で、明治元年に二十歳を迎えている。多感な時期に幕末維新の歴史変動を体験した人で、世の中の動きへの関心も高く、後に村長なども務めている。この祖父の愛読書は福沢諭吉の『学問のすすめ』である。そして、息子・星一の青年期の愛読者は中村正直が翻訳した『西国立志編』である。

 『学問のすすめ』や『西国立志編』は歴史の教科書にも載っている有名な本だ。当時の一般民衆の若者たちが、これらの本に啓発されてそれぞれの人生を切り拓いていくさまに接すると、教科書のような鳥の目ではなく時代の中で生きた一人ひとりの虫の目から歴史の動きが見えてくるように思える。