骸骨寺2010年04月07日

骸骨寺(サンタ・マリア・インマコラータ・コンチェツィオーネ教会)
 先日、友人に誘われてミラノ、ヴェネツィア、フレンツェ、ローマを廻る10日ほどのイタリア観光旅行をした。ミラノ以外は初めての訪問地だ。塩野七生さんの『ローマ人の物語』を文庫本で読み続けているので、古代ローマの遺跡を見てみたいと思っていたのも旅行の動機だった。
 旅行前の気分を盛り上げるため、塩野七生さんの『イタリアからの手紙』『イタリア遺聞』などのエッセイ集も読み、『イタリアからの手紙』で紹介されている「骸骨寺」に行ってみたいと思った。そして、実際に行ってきた。

 『イタリアからの手紙』は40年近く前に出た本で、「骸骨寺」ことサンタ・マリア・インマコラータ・コンチェツィオーネ教会は、現在ではかなり有名になっているらしい。しかし、ローマの他の観光スポットに比べると人は少なかった。この教会、通常の礼拝堂の地下の石窟に修道士4000人の人骨でで作られたオブジェのようなものが飾られている。これは墓所だそうだ。

 塩野七生さんのエッセイでは、入口には茶色の修道衣に腰に麻縄、素足にサンダルというフランチェスコ派独特の修道衣姿の修道士が絵葉書を売りながら番をしているとあったが、私が行ったときはそのような修道士はいなかった。快活そうな女性が受付をしていた。2ユーロのお布施を払うと、英語で注意事項を述べた。「ここは神聖な場所だから帽子を取ってください。写真撮影はだめです。カメラはここであずかります」と言っているようだった。
 エッセイで読んだ予備知識があったので、さほどの衝撃は受けなかったが、やはり不気味な場所だ。人骨を納骨しているというよりは、人骨(主に頭蓋骨)を材料にした「作品」を展示しているように見えてしまう。同行の友人は口の中で「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と呟きながら「鑑賞」していた。
 
 この教会は清貧の聖者フランチェスコが創始したフランチェスコ派の教会だ。今回の旅行では聖フランチェスコゆかりのアッシジにも立ち寄り、サン・フランチェスコ聖堂でジョットのフレスコ画「小鳥に説教する聖フランチェスコ」も見てきたが、あの絵と骸骨寺のオブジェを結びつけるものを想起するのは至難だ。

映画「シャーロック・ホームズ」は拾い物2010年04月08日

 2010年3月から公開されている映画「シャーロック・ホームズ」にはあまり期待していなかった。予告編やポスターを見た限りでは、私のイメージしているホームズ像とはかけ離れたアクション映画のように思え、ホームズを冒涜しているようにさえ感じられたのだ。しかし、これが意外にも面白かった。

 私はそこそこのシャーロック・ホームズ・ファンである。シャーロック・ホームズの物語は小学生の頃から読んでいて、一時はかなりハマったこともあり、多少のこだわりもある。

 シャーロック・ホームズの原典には挿絵があり、それによって一定のイメージが作られている。ホームズは何度か映像化されているが、グラナダTV版シリーズ(NHKで放映したシリーズ)が原典の雰囲気をうまく映像化していて、ホームズ像を定着させたように思える。
 今回の映画は従来のホームズのイメージからは逸脱している。しかし、原典に忠実でないとは言えないと思う。ぎりぎり許せる範囲で従来とは少し異なる「これもアリ」と思わせるホームズ像を映像化しているのに感心した。ホームズを扱ったパロディの傑作も多いが、この映画はパロディではなく原典に忠実な正統派ホームズ物の一つと言える。

 この映画の登場人物たちは、従来のイメージから少しずつズレている。ホームズはやや薄汚いマッチョ、ワトソンは活動的な皮肉家、アドラーは妖艶、下宿屋のハドソン夫人は意地悪、原作では明に登場しないワトソンの結婚相手メアリーは勝気な女性になっている。総じて、みんな活動的でやや軽薄でとんがっている。よくよく考えてみて、ホームズの原典からこれらの登場人物像を想定するのは可能であると思い至った。

 ホームズ・ファンはホームズを実在人物と考えることになっている。したがって、4冊の長編と5冊の短編集に収録された60の事件の記録は、ワトソンがコナン・ドイルの名のもとに書いたものである。ワトソンも人間だから、正確無比の写実で事件を記録しているとは限らない。自分を含めた人物像は多少脚色されている可能性が高い。少しカッコよく描いたり、世に受け入れられやすいよう常識的人物として描いたりしているかもしれない。
 だから、ファンは原典の行間と紙背から真の人物像を推測しなけらばならない。この映画はその推測の一つである。よくできた推測だと思う。
 ワトソンが残した記録は実際にホームズが手掛けた事件の一部であり、国家を震撼させるような大事件などは、差しさわりがあって発表されていない。この映画は、そのあたりの事情をふまえた未発表の事件のようだ。よくできた事件だと思う。

 もう一つ、私がこの映画を気に入ったのは、ダン・ブラウンばりの大陰謀+オカルトを扱っていて、きちんとオカルト否定にもっていっている所だ。原典の多くの事件におけるホームズ独特の牽強付会的な推理が必ずしも「合理的」「科学的」でないという指摘もあるが、「合理的」「科学的」であろうとする精神は大切である。この精神は、妖精の写真を信じたコナン・ドイルには欠けていたかもしれないが。

「クライメート・ゲート事件」が週刊誌に載った2010年04月09日



 日本ではあまり報道されなかった「クライメート(気候)・ゲート事件」が今週の「週刊新潮」(2010.4.15号)で取り上げられている。

 「クライメート・ゲート事件」とは、昨年11月に発生した英国の気候研究機関のハッキング事件だ。このハッキングによって、CO2起因の地球温暖化論を主導している指導的気候学者たちが自説に都合がいいようにデータを捏造したり、CO2起因地球温暖化への懐疑論者の論文発表を妨害していた疑いが強くなった。このハッキングは内部告発ではないかとの見方もあるそうだ。

 私は、CO2起因の地球温暖化については懐疑的である。現在の科学技術ではまだ解明されていない事象だろうと思っている。いまや、地球温暖化は科学の問題ではなく政治・経済とファッションの問題になっている。

 それはさておき、「クライメート・ゲート事件」については、ウィキペディアや田中宇氏のホームページに詳しく掲載されている。  そのウィキペディアの「Climatic Research Unitメールハッキング事件」の項目を見ると、冒頭に「現在、削除の方針に従って、この項目の一部の版または全体を削除することが審議されています」「この項目は著作権侵害が指摘され、現在審議中です」という注意書きが出ている。どのような紛争(審議?)が発生しているのか、ちょっと気になる。

 地球温暖化懐疑論への反論としては、東北大学の明日香壽川氏らがまとめた「地球温暖化問題懐疑論へのコメント」という文書がネット上に公開されている。この文書の「2. 温暖化問題に関するマスコミ報道」という項目に私は強い違和感を覚える。「以下は、反論というよりも、私たちからマスコミ関係者の方々へのお願いである。」としたうえで、懐疑論を興味本位に報道するなと主張しているのだ。私には、これはファッショにつながる発想のように感じられる。「懐疑論者の多くはまともな学者ではない」とにおわしたり、「懐疑論者の背後には、それによって利益を得る組織がついている」と言わんばかりの論調も、逆方向の発想が欠落して一方的なのが不気味だ。

『ののちゃん』のおとうさんの勤務先は三井造船か?2010年04月24日

 いしいひさいち氏の朝日新聞連載マンガ『ののちゃん』の舞台が以前から気になっていた。私が中学卒業まで過ごした岡山県玉野市のような気がしていたからだ。いしいひさいち氏が玉野市出身だとは知っていたし、たまに描かれる風景が玉野市に似ていた。
 そして、昨日(2010.4.23)の『ののちゃん』を見て、やはり玉野市だと確信した。しかも、おとうさんの勤務先が三井造船らしいことまで分かってしまった。

 ネットで検索してみると、作者は舞台を架空の地方都市「たまのの市」としていることが分かった。やはり、モデルは玉野市であった。
 先日、二十数年ぶりに玉野市を訪れ、中学卒業以来会っていなかった同級生と四十数年ぶりに再会したりしていたので、ひとしお玉野市の風景がなつかしく感じられる。

 玉野市は小さな町だが、三井造船の企業城下町のような町で、三井金属の製錬所もある。小学校も中学校もクラスの大半の親は造船所か製錬所の関係者だった。昨日の『ののちゃん』は工場見学の話で1コマ目の背景は造船所になっている。昔も、玉野市の小学生は何度かは造船所に見学に行ったものだ。

 そう言えば、小学校で一番多い名字は「藤原」だった。ののちゃんの担任(後のミステリー作家?)のあのブッ飛んだ藤原先生の姓も、そんなところからきているのだろう。同郷だったのかと思うと楽しい。

『1Q84 BOOK3』で読書の記憶を考えた2010年04月25日

 読んだ本の内容をいつまでも憶えておくことはできない。数日前の食事の内容を思い出せないのと同じように、本の内容の記憶も時間の経過とともに薄れていく。
 もちろん、本によって記憶の残り方は大きく異なる。若いころに感動しながら読んだ本の内容は憶えていても、中年以降に読んだ雑多な本の内容はおぼろになりやすい。読書に限らず人生の記憶自体にそのような傾向がある。昔のことは憶えていても最近のことを忘れるのは、老化のあらわれだろう。

 さて、話題の『1Q84 BOOK3』である。約10カ月前にBOOK1、BOOK2を読んだという行きがかり上、BOOK3を購入した。読み始めるにあたって、BOOK1、BOOK2の内容をどのくらい憶えているか頭の中を探ってみた。
 青豆という女性主人公のキャラクタは印象深く記憶に残っているが、天吾という男性主人公の記憶はやや薄れている。大雑把な展開は憶えているが、ストーリーの記憶は波に洗われて崩れかけている砂の城のようにかなり失われている。
 あらかじめ、BOOK1、BOOK2をパラパラとめくってみてからBOOK3に取りかかろうかとも思ったが、あいにく人に貸したままになっている。おぼろな記憶のまま読み始めた。

 冒頭いきなり「牛河」なる人物が主要人物面で出てくる。私の記憶にはない名前だ。かまわず読み進めるしかない。読了するまで、この人物がBOOK1、BOOK2に出ていたかどうかの記憶はよみがえらなかった。しかし、読書を楽しむ分にはさほど差しさわりはなかった。

 小説を読むという体験は人生の仮想体験に近い。実人生は、前の方の巻の記憶が薄れた長大な小説を読み続けているようなものだ。いちいち昔の巻を読み返しながら今の読書を進めるわけにはいかない。だから、私のBOOK3の読み方はそれなりに正しいのだと自分勝手に納得している。

 『1Q84 BOOK3』は、読みだしたら読み終わらずにはいれれないような小説だった。それは、作家の力量に由来するのだろう。この小説はファンタジー恋愛小説であり、サスペンス小説である。それ以上のものかは私には分からない。BOOK1、BOOK2の読後感と同様に「こんなものでいいのか???」という大きな疑問符は残る。もちろん、実人生も疑問符の連続だが、その疑問符とは別の疑問符だ。

読んでから行くか、行ってから読むか2010年04月27日

『ルネサンスとは何であったか』(塩野七生著/新潮文庫)
 イタリア旅行を終えた後、塩野七生氏の『ルネサンスとは何であったか』を読んだ。本当は旅行に行く前に読むべきだったのかもしれない。旅行前には古代ローマへの関心がメインでルネサンスへの興味はあまりなかった。しかし、ヴェネツィア、フィレンツェ、ローマを駆け足で巡っているうちに「イタリアはルネサンスの国だった」ということをあらためて認識した。で、帰国してからルネサンスの本を読みたくなった。

 読みながら「旅行の前に読むより、旅行の後で読む方がいいな」と思った。旅行の前に真面目に「お勉強」として読んでおく方が旅行の体験は充実するだろう。しかし、旅行で現場を見た後で読むと、地名や寺院名などの固有名詞に具体的イメージが重なり、興味深く読み進められる。

 「旅行体験の充実」と「読書体験の充実」の二者択一なら、前者を優先すべきだと思える。しかし、旅行は大げさに言えば精神と肉体を総動員した全人的体験なので、いろいろな要素で充実させることができる。読書による妙な先入観がない方がいい場合もある。それに比べて、読書は頭の中だけの体験なので、いろいろな刺激要因がある方が面白い。だから、「行ってから読む」の方がいい。

 行ってから読んだ『ルネサンスとは何であったか』は歯切れのいい本だった。塩野七生氏は冒頭部分で、ルネサンスとは「見たい、知りたい、わかりたいという欲望の爆発であった」と喝破している。わかりやすい断定だ。

 本書は「第一部 フィレンツェで考える」「第二部 ローマで考える」「第三部 キアンティ地方のグレーヴェにて」「第四部 ヴェネツィアで考える」の四部構成だが、その大半は第一部のフィレンツェが占めている。フィレンツェこそがイタリア・ルネサンスの町だからだ。十五世紀後半、この町では多数のルネッサンス人が活躍していた。著者はその様子を次のように描いている。

 「まったく、その間に活躍した芸術家たちの名をいちいち記すのも、嫌になってくるくらいに輩出する。(中略)一世紀に一人生まれれば満足という天才が、丘に立てば一望できる程度の狭い市内で競い合っていたのです。次から次へと夜空に打ち上げられる華麗な花火の競演が、六〇年つづいたようなもの。」

 私はフィレンツェには2泊しただけだが、この文章を読むだけでルネサンスを体感した気分になった。確かにフィレンツェは小さな町で、地図を手に半日歩いているだけでも、同じ場所を何度も通ることになる。そして、ルネサンスの名残が町のいたる所にゴロゴロしている。限られた時間の見学だったウフィッツィ美術館でも、あまたの名画の前をスタスタと通り過ぎながら、ただドキドキと圧倒されるだけだった。

 ルネサンスは古代ギリシア・ローマ文化の再発見と言われているが、それまでの間、なぜ古代文化遺産が顧みられなかったのだろう。この疑問について、塩野七生氏は彼女の友・マキャベリがその著書で紹介した、彼女が惚れ込んでいる(?)カエサルの言葉「多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」を引いて説明している。それまでの人々はキリスト教の呪縛によって、見たくないと思っているものを見ることができなくなっていたというのだ。わかりやすい。

 次のような記述も卓見だ。
 「それに私は、哲学とはギリシア哲学につきるのであって、それ以降の哲学は、キリスト教と哲学の一体化という、所詮は無為に終わるしかない労力のくり返しではなかったか、と思っています。」

 「ローマ人の物語」と同じように、キリスト教との距離の取り方が塩野七生氏の著作の魅力のひとつである。

 そして、ダ・ヴィンチとミケランジェロという二大巨人への言及も面白い。「フィレンツェ的心眼の象徴的存在はダ・ヴィンチ、ローマ的心眼の代表はミケランジェロ」という言い切りや、「天才とは、こちらも天才になった気にでもならないかぎり、肉迫できない存在でもある」という心意気は、まさに作家のものだ。学者には真似できないだろう。

 本書巻末には著者と三浦雅士氏との対談が収録されていて、その対談で著者は日本のルネサンス学者たちとの関係の悪さについて語っている。よくわかるような気がする。

40年前の『ルネサンス』(会田雄次)を読んだ2010年04月28日

『世界の歴史12 ルネサンス』(会田雄次)
 塩野七生氏の『ルネサンスとは何であったか』を読んだ余波で、40年以上前に出版されたルネサンス本も読んでみた。

 『ルネサンスとは何であったか』巻末の著者と三浦雅士氏との対談で、塩野七生氏は次のように語っている。
 「デビューした時には、田中美知太郎、林健太郎、会田雄次など、いわゆる大先生に認められまして、その先生方がいらっしゃる間は大丈夫だったんです。でも、その下の助教授あたりの学者が学会の主流になってきたあとは、大変でした。」

 この発言で会田雄次という懐かしい名前に出会い、そういえば河出書房の『世界の歴史』のルネサンスの巻は会田雄次が書いていたはずだ、と思い出したのだ。全24巻の『世界の歴史』はかなり昔に古本屋で格安で購入したが、ほとんどの巻はパラパラと拾い読みしているだけだ。未読だった『世界の歴史12 ルネサンス』を引っ張り出してきて読んだ。
 会田雄次氏は1997年に81歳で亡くなっているが、かつては雑誌等で名前を見る機会が多かった。自身のビルマでの捕虜体験を綴った『アーロン収容所』は印象深い本だ。

 『世界の歴史12 ルネサンス』は、前半がルネサンスの話で後半は宗教改革の話だ。「ルネサンスと宗教改革」というタイトルにした方が適切なようにも思えるが、会田雄次氏(当時は京大教授)が執筆したのは前半で、後半の宗教改革の部分の執筆者は助教授だった中村賢二郎氏だそうだ。

 やはり前半と後半で趣が多少異なる。後半はまともな歴史解説だが、会田氏執筆の前半は歴史解説の随所に当時(1960年代後半)の日本の様相への批判などが反映されていて、脱線おもしろ講義風だ。会田節が発揮された華のある文章だと思う。

 書き出しからしてユニークである。まず、いきなり当時の植物図鑑の挿絵の比較が出てくる。13世紀末の植物図鑑と14世紀の植物図鑑の挿絵の比較である。前者の絵が妖怪的で迷信的なのに対して後者はリアルで科学的だ。1世紀を経ないわずかな期間に起った人間の精神の変化、それがルネサンスだというわけだ。わかりやすい見事な導入部である。
 ルネサンスと言えば絵画や彫刻への言及が避けられないが、本書における会田氏の絵画・彫刻に関する記述は、著者の鑑識眼が反映されていて面白い。
 で、『アーロン収容所』の挿絵を思い出した。捕虜時代に著者自身が描いたスケッチが挿絵になっているのだが、素人とは思えない見事なスケッチに驚いたものだ。本書も随所で著者の絵心を感じさせられる。

 もちろん、美術以外の分野の解説も面白い。「わたしはエラスムスやトマス・モアはどうもそれほどえらいとは思えない。本当の人文主義者として群を抜きひとり聳えるのは、一六世紀のフランス人モンテーニュである。」という断定なども、一般向き解説書には珍しい踏み込み方だ。これに続いて、著者は次のように主張している。
 「人間が精神の自由を回復する道は、実は本能のままに行動することではない。(中略)既成概念を疑ってみることだ。とりわけいろいろの教育によって自分のものとなってしまい、なまはんかな反省では気がつかなくなっている自分の先入観までを疑いつくしてみることである。」

 このような文章を読みながら、スタイルが塩野七生氏に似ているなあという気がしてきた。そして、「あとがき」を読んだとき、その感をさらに強くした。
 会田雄次氏は、日本の西洋史研究への根本的な疑惑を表明し、次のように述べている。
 「ヨーロッパ人の、西洋史観は、いわば自叙伝だ。立脚点が根本的にちがうわたしたちが西洋史をみる場合、かれの反省を鵜呑みにし、わかったような気になっているのは何という錯覚であろう。」「(本書は)あくまで日本人として外から眺めるという立場をとった。」
 塩野七生氏がキリスト教を外から眺めて『ローマ人の物語』を書いているのと通じるところがあるように思える。

 ちょっと驚いたことに、この40年以上前の全集本の『月報』には塩野七生氏の文章が掲載されている。肩書は「作家」ではなく「ルネサンス研究家」となっている。彼女の処女作『ルネサンスの女たち』の出版前で、一般的にはまだ無名だったはずだ(雑誌連載中だったのだろう)。
 この古い『月報』を見て、前述の三浦雅士氏との対談で語られたエピソードを思い出し、ニヤリとしてしまった。その後、有名人になった塩野七生氏は「マキアヴェリ全集」の月報執筆を出版社から依頼されたが、訳者の学者たちからの反発でキャンセルになったそうだ。

映画『アリス・イン・ワンダーランド』、映像は素晴らしいが……2010年04月29日

 映画『アリス・イン・ワンダーランド』を3Dで観た。2Dでも上映していたが、多少料金が高くても3Dの方がいいだろうと思った。話題の『アバター』も3Dで観たので、2回目だ。
 3Dを2本観て、「もうこれでいいや.次は2Dで十分」と思った。確かに立体映像には迫力がある。前後に飛翔するシーンなどは現実以上に立体感が強調されてハッとする。しかし、すべての映画を3Dで観たいなどとは思わない。私は近視なので、眼鏡の上からゴーグルをつけるのがわずらわしいということもあるが、3Dは飽きがくる。3Dは、映画の本質とはあまり関係ないようだ。

 と言っても、もちろん「映像美」は映画の本質と大いに関係がある。『アリス・イン・ワンダーランド』は、3Dで観なくても十分に素晴らしい映像である。あの、アリスの奇妙で不思議な世界の光景を、アニメではなく実写(?)で観ることができるのは得がたい体験だ。

 ポスターやチラシを見た時から『アリス・イン・ワンダーランド』には期待していた。原作の後日談で、成長したアリスが登場するという設定も面白そうだし、帽子屋が中心人物らしい点にも好感が持てた。単なるお子様向けではない不思議な世界の物語だろうと楽しみにしていた。

 しかし、期待通りではなかった。映像は十分に期待通りだったが、ストーリーは期待はずれだった。
 映画を観た後、念のために昔読んだ『不思議の国のアリス』を再読してみた。そもそも、キャロルの原作はダジャレや造語の多い、翻訳困難な作品だが、それが広く読まれているのは、あの気違いじみたナンセンスな世界の魅力のせいである。

 この映画の世界は、気違いじみたナンセンスでシュールな世界ではなく、普通の冒険ファンタジーの世界である。アリスのキャラクターもイメージからズレている。19歳に成長したとしても、昔の生意気でトンチンカンで強引に物語を引っ張って行く雰囲気を引き継いでほしかった。これは、『不思議の国のアリス』の後日談ではなく、別の冒険譚になっている。
 バンダースナッチなどという幻獣(『鏡の国のアリス』に名前が出てくる)を映像化しているのだから、アリスの世界にアプローチしようというこだわりがなかったわけではなさそうだが、やはりあの世界の映像化は困難だったのだろうか。

 原作を再読していて、アリスとチェシャー猫の次の会話が、この世界を端的に示しているように思えた。この部分、手元にあった原文で引用してみる。

  `In that direction,' the Cat said, waving its right paw round, `lives a  Hatter: and in that direction,' waving the other paw, `lives a March Hare.  Visit either you like: they're both mad.'
   `But I don't want to go among mad people,' Alice remarked.
   `Oh, you can't help that,' said the Cat: `we're all mad here. I'm mad. You're mad.'
   `How do you know I'm mad?' said Alice.
   `You must be,' said the Cat, `or you wouldn't have come here.'

 「ここでは、みんな気違い。ぼくも気違い。あなたも気違い。」そんな世界を映画で表現するのは、いくら3Dを駆使しても無理なのだろう。