イランの深層にはペルシア帝国がある2026年01月15日

『ペルシア帝国(世界の歴史 9)』(足利惇氏/講談社/1977.7)
 イラン旅行準備で『イランを知るための65章』に続いて次の歴史概説書を読んだ。

 『ペルシア帝国(世界の歴史 9)』(足利惇氏/講談社/1977.7)

 本書を読んでいる途中でイラン旅行中止が決まったが、読みかけた本なのでそのまま読了した。

 約半世紀前に出た講談社版『世界の歴史』(全25巻)の1冊である。著者は足利尊氏の末裔で日本のイラン学の泰斗・足利惇氏(1901-1983年)である。私は高校生のとき(1965年頃)に読んだ何かの座談会でこの人の名を知った。戦前の少年時代、歴史の授業で足利尊氏が登場する前、教師に呼ばれて「君の先祖の尊氏を逆臣として語るが悪く思わないように」と言われたそうだ。記憶に残る話だった。

 最近になって、その足利惇氏がイラン学の学者だったと知った。著者への興味から、イラン史勉強の一環として本書を読もうと思い、古書で入手した。足利惇氏は昭和天皇と同い年の学友で、本書が出たとき76歳だった。

 本書は、アーリア民族の移動や文明の形成から、アケメネス朝ペルシア、ヘレニズム時代、アルケサス朝パルティアを経てササン朝ペルシアに至る歴史を概説している。私は2年前、本書と同じ時代と地域を扱った新書『ペルシア帝国』(青木健)を読んでいるが、その内容はほとんど蒸発している。本書を読んでいても、未知の地名や人名が頻出し、読み進めるのに時間を要した。

 パルティアの王子といわれた仏教僧・安世高という人物も本書で初めて知った。弟に位を譲って出家し、後漢の洛陽に赴いて仏教経典を漢訳したそうだ。仏教がパルティアにまで広がっていたことに驚いた。

 1973年にイランで建国2500年の祭典がキュロス2世(大王)の墓前で行われたという話にも驚いた。アケメネス朝のキュロス2世(大王)はマッサゲタイの女王の軍との戦いで戦死する(前530年)。その墓は、かつてアレクサンドロスも参拝したと言われている。1973年は、イラン革命前のパフラヴィー国王の時代だ。イランの建国をアケメネス朝としていたようだ。イスラムとは別のイランのナショナリズムを感じる。現在はどうなっているのだろうか。

 イランがイスラムになる直前までを記述した本書は、イスラム化した後もイランの伝統は継続したと強調している。ササン朝滅亡に関しては次のように述べている。

 「しかし、イラン人は、ササン王朝の滅亡と古代宗教の喪失のいかんにかかわらず、依然として存在し、古来から基本的に伝わる民族精神は死滅することなかった。そして文化の面においても、バグダードのイスラム政権下のものからしだいに離脱独立し、近代ペルシアの絢爛たる文化を開花させていった。」