ガザ状況に呼応したような『みんな鳥になって』上演2025年07月16日

 世田谷パブリックシアターで『みんな鳥になって』(作:ワジディ・ムワワド、翻訳:藤井慎太郎、演出:上村聡史、出演:中島裕翔、岡本玲、岡本健一、相島一之、麻実れい、他)を観た。

 作者のムワワドは1968年レバノン生まれ。子供の頃に家族と共にフランスに亡命。フランス語文化圏で活躍している劇作家・演出家である。

 世田谷パブリックシアターは2014年からムワワド作品を3作上演してきたそうだが、私はいずれも観ていない。4作目になる本作は2017年初演の作品である。新聞記事に「イスラエルとアラブの『ロミオとジュリエット』のような、ギリシア悲劇の『オイディプス王』のような……」とあり、どんな芝居なのだろうかと興味がわき、チケットを入手した。

 濃密で重い芝居だった。3時間30分(休憩20分含む)、退屈することなく観劇した。ユダヤ人青年エイタン(中島裕翔)がアラブ人女性ワヒダ(岡本玲)と恋仲になり、彼女を家族に紹介することから始まる葛藤劇である。

 エイタンとワヒダが知り合うのはニューヨークの図書館である。エイタンは遺伝学の学徒、ワヒダは16世紀のイスラム外交官の改宗を研究している大学院生である。エイタンはドイツ系ユダヤ人で、父母と祖父はドイツ在住だ。祖父と離婚した祖母はイスラエルで一人暮らし。ワヒダの両親は亡くなっている。彼女はアラブ系ではあるがアメリカ人である。ニューヨークで知り合った若い二人には、イスラエル対アラブの対立意識は希薄だ。国際的な家族の設定が現代的で興味深い。

 舞台装置は抽象的で、時間や空間が舞台上で錯綜する。物語の展開は比較的シンプルだ。ニューヨークで、エイタンがワヒダを家族(祖母を除く)に紹介するが、家族はみな結婚に反対だ。敬虔なユダヤ教徒の父(岡本健一)はとりわけ強硬に反対する。アウシュヴィッツ生還者の祖父(相島一之)はさほどでもない。

 その後、若い二人はイスラエルに赴く。祖母(麻実れい)に会って父の出自を確かめるのが目的である。空港で自爆テロが発生し、エイタンは意識不明になる。そのため、父母や祖父が駆け付け、ユダヤ人家族がイスラエルに集結することになる。そこからドンデン返しのような展開になる。

 ネタバレになるが、父は祖父母の実子ではなくパレスチナ人だった。祖父が戦場で拾った赤ん坊を実子として育てたのだ。それと知らない父は強硬な反パレスチナ主義者になる。また、ワヒダは中東の地に来てアラブ人意識に目覚めてしまう。

 この展開は面白いとは思う。だが、民族や人種に拘泥しすぎていると感じた。人種は混血によって融通無碍に変転するものであり、民族意識とは無関係だ。民族は人間の集団によって作られた想像の共同体である。そんな認識を明快に提示する芝居にしてほしいと思った。

 と言っても、この芝居が21世紀の中東の現実に取り組んでいるのは確かだ。演劇にガザの現実を変える直接的な力を求めるのは無理だと思うが、長い目で見れば世界を多少は動かすことができるだろうか。