『関ヶ原』(司馬遼太郎)と『影武者徳川家康』(隆慶一郎)をセット読み2017年07月30日

『関ヶ原(上)(中)(下)』(司馬遼太郎/新潮文庫)、『影武者徳川家康(上)(中)(下)』(隆慶一郎/新潮文庫)
◎猛暑日には司馬遼太郎?

 猛暑日が続くとグッタリして読書意欲も減退する。そんな中で手が伸びたのが司馬遼太郎の『関ヶ原(上)(中)(下)』(新潮文庫)だった……そんな動機は司馬遼太郎に失礼だろうか。だが、その語り口には猛暑に喘ぐ読者をも引き込んでいく独特の飄々とした力がある。今回、『関ヶ原』を読んで、あらためてそう感じた。

 『関ヶ原』全3巻はかなり以前に古書で入手し書架に積んでいた。その隣には『影武者徳川家康(上)(中)(下)』(隆慶一郎/新潮文庫)も積んでいる。この二つはいずれセットで読むつもりで並べていたのだ。

 隆慶一郎が面白いと友人から薦められたのは20年以上昔で、気がかりな作家だったがアッという間に年月は流れた。彼の代表作とおぼしき『影武者徳川家康』を古書で入手したのが1年近く前。タイトルからおよその内容は推測できるが、家康に関してさほどの知識もないので、小説を楽しむには事前に司馬遼太郎の『関ヶ原』あたりを読んでおくのがいいと考え、同じ時期に『関ヶ原』も購入した。

 そんな事情で書架に積んでいた『関ヶ原』に手が伸びたのは猛暑に加えて、来月末に映画が公開されると知ったのもきっかけだった。

 『関ヶ原』は雑事をこなしつつも1日1冊の快調なペースで読了した。続いて取り組んだ『影武者徳川家康』は予想した以上に歯ごたえのある面白い小説で、多少の時間を要した。

◎暗い政治手法は徳川家の家風?

 『関ヶ原』は石田三成に焦点を当てた歴史小説で、徳川家康は悪役に近い。家康は老獪な権謀術数のタヌキ、三成は横柄で器量はないが魅力的な人物に描かれている。司馬遼太郎の歴史小説は人物論エッセイに近く、そこが面白い。

 この小説は「石田三成+謀臣・島左近」vs「徳川家康+謀臣・本多正信」という構図になっていて、冒頭近くで徳川側について以下のように述べられている。

 「密偵、暗殺などの暗い政治手段は、徳川家の家風にしみついた固有のしみというべきもので、この悪癖は幕末までなおらなかった。
 家康の性格といっていい。
 あるいは、家康をたすけ、家康の気質をのみこんで謀(はかりごと)をたてている参謀筆頭の本多正信のこのみでもあったろう。」

 なかなか手厳しい見解であり、司馬遼太郎は家康が好きでなかったと思われる。そんな家康が元・豊臣家臣たちを取り込んで周到に「東軍」を形成していくのに対し、三成側の「西軍」は内部に不協和があり、これでは「西軍」が勝てるわけはないと思えてくる。

 短時間で終了した決戦では「西軍」に勝機があったものの、作者が魯鈍と見なす小早川秀秋の寝返りで「東軍」が征する。戦さとは実際にやってみなければ結果がわからないものだ。

 本書の最終章は、それまではあまり登場しなかった黒田如水に関する記述で幕を閉じる。如水は『関ヶ原』を機に密かに天下取りを狙っていたという踏み込んだ話になっている。やや意外な面白い終幕だと思った。

◎『影武者徳川家康』は緻密で大胆な深い小説

 『影武者徳川家康』では、司馬遼太郎の『関ヶ原』で活躍した島左近や本多正信が中心人物として活躍する。それだけで、セット読みは正解であったとひそやかに満足した。

 『影武者徳川家康』の冒頭は関ヶ原である。そこで家康は暗殺され、影武者が家康に入れ替わる。その影武者が関ヶ原以後の16年間を家康として采配をふるい、生を全うするまでの物語である。そんな大胆な設定ではあるが、荒唐無稽な面白小説ではなく律義に史料をふまえた歴史小説になっているのに驚いた。

 家康入れ替わり説は以前からあったそうだが、隆慶一郎はそれを緻密に検証し己の推理を交えて一篇の歴史小説に仕上げている。文庫本の解説(縄田一男)によれば、作者は小説執筆前に歴史学者・小和田哲也氏から「影武者説に関しては正しいと断言することはできないが、また違うと断じる確たる証拠もない。あなたがそういう作品を書くことは、今日の歴史学にとっても大いに刺激になるだろう」という見解を得ていたそうだ。

 そんな「史実らしさ」に加えて網野義彦の史学が大いに取り込まれていて、小説の中に「公界」「無縁」「アジール」などという言葉が出てくるのにも驚いた。家康に入れ替わった影武者の出自は「無縁」であり、家康に入れ替わってからは「公界」の実現を目指していたとう話になっている。司馬遼太郎の指摘する「徳川家の暗い政治手法」を体現するのは2代将軍秀忠家であり、それに対抗するのが影武者家康である。読みようによってはかなり深い物語だ。

◎誰も加齢には勝てない

 『関ヶ原』と『影武者徳川家康』を読了してあらためて認識したのは、秀吉や家康のように野望を達成したように見える人間も、結局のところ加齢に勝つことはできなかったという事実だ。彼らの若い敵方から見れば、どうにも勝てない相手に対しては時間が最終的解決手段になる。いつの時代にも通用する厳然たる現実である。それが69歳を目前にした私の感慨でもある。

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