『ワインの世界史』は西欧文化史 ― 2025年03月19日
私は人並に酒を飲む。主にビールや日本酒だが、焼酎、ウイスキー、ワインも飲む。ワインの良し悪しはよくわからない。数多あるワイン本などは読んだことがない。ワインに関する知識はない。にもかかわらず、次の文庫本を読んだ。
『ワインの世界史』(山本博/日経ビジネス人文庫)
昨年読んだ『砂糖の世界史』や『コーヒーが廻り世界史が廻る』で、産品をテーマにした歴史書は面白いと思った。その延長でワインの世界史も読んでみたくなったのだ。
本書の著者は歴史学者ではなくワイン通の弁護士である。弁護士として活躍しながら40冊以上のワイン関連本を書いているそうだ。世界ソムリエコンクール日本代表審査委員、日本輸入ワイン協会会長も務めている。
軽い歴史エッセイと思って読み始めたが、コクのある歴史書だった。全10章の各章末には、数十冊の参考文献リストがあり、〇(重要)や□(一般向け)などを付している。広範な知識をベースにした親切な本である。
本書は古代から現代までのワインの歴史を概説している。メソポタミアで生まれ、エジプトで育てられたワインは、ギリシアでひとまず完成する。ヘレニズムの世界、ヘブライズムの世界、新約聖書の世界でもワインは重要は役割を担う。ローマ世界で貴族のワインと庶民のワインに分化したワインは、中世には多様化し、ルネサンスの時代には知と理性のワインとなり、フランス革命を経てワインの理想美が作られる。
ワインを視座にした西欧文化史の変遷は興味深い。私が特に注目したのは、ギボンの『ローマ帝国衰亡史』に関する言及である。私は、ちくま学芸文庫版の『衰亡史』(全10巻)をのんびり再読中なので、ギボンに関する記述に目が行くのだ。著者は次のように指摘している。
「ローマ皇帝ユリアヌスがペルシャに遠征した時の状況が有名なギボンの『ローマ帝国衰亡史』にも書かれているが、その中で「ワインの使用だけは固く禁じ」とある節がしばしば誤解されて引用されている」
ユリアヌスは兵士の食用に大量の酢(vinegar)を用意したがワイン(wine)の使用を禁じた、とギボンは書いている。著者によれば、この場合の酢(vinegar)は「酸っぱい下級ワイン」、ワイン(wine)は「貴族用の高級ワイン」を指すそうだ。ユリアヌスは将校も兵士と同じ「下級ワイン」で我慢させた、というのがギボンの記述の主旨のようだ。
ちくま学芸文庫版(中野好夫訳)で該当箇所(第4巻P30)を確認すると、vinegarは「酢」、wineは「酒類」と訳している。特に訳註はない。著者の指摘が正しければ誤訳に近い。この指摘を知っただけでも、本書を読んだ価値があった。
本書の終盤の現代世界のワイン状況の話は、あまりに細かな話になり、ワイン門外漢の私には馬の耳に念仏に近かった。ワインについて少し勉強して読み返せば面白いのだろうが、そんな日がくるかどうかはわからない。
『ワインの世界史』(山本博/日経ビジネス人文庫)
昨年読んだ『砂糖の世界史』や『コーヒーが廻り世界史が廻る』で、産品をテーマにした歴史書は面白いと思った。その延長でワインの世界史も読んでみたくなったのだ。
本書の著者は歴史学者ではなくワイン通の弁護士である。弁護士として活躍しながら40冊以上のワイン関連本を書いているそうだ。世界ソムリエコンクール日本代表審査委員、日本輸入ワイン協会会長も務めている。
軽い歴史エッセイと思って読み始めたが、コクのある歴史書だった。全10章の各章末には、数十冊の参考文献リストがあり、〇(重要)や□(一般向け)などを付している。広範な知識をベースにした親切な本である。
本書は古代から現代までのワインの歴史を概説している。メソポタミアで生まれ、エジプトで育てられたワインは、ギリシアでひとまず完成する。ヘレニズムの世界、ヘブライズムの世界、新約聖書の世界でもワインは重要は役割を担う。ローマ世界で貴族のワインと庶民のワインに分化したワインは、中世には多様化し、ルネサンスの時代には知と理性のワインとなり、フランス革命を経てワインの理想美が作られる。
ワインを視座にした西欧文化史の変遷は興味深い。私が特に注目したのは、ギボンの『ローマ帝国衰亡史』に関する言及である。私は、ちくま学芸文庫版の『衰亡史』(全10巻)をのんびり再読中なので、ギボンに関する記述に目が行くのだ。著者は次のように指摘している。
「ローマ皇帝ユリアヌスがペルシャに遠征した時の状況が有名なギボンの『ローマ帝国衰亡史』にも書かれているが、その中で「ワインの使用だけは固く禁じ」とある節がしばしば誤解されて引用されている」
ユリアヌスは兵士の食用に大量の酢(vinegar)を用意したがワイン(wine)の使用を禁じた、とギボンは書いている。著者によれば、この場合の酢(vinegar)は「酸っぱい下級ワイン」、ワイン(wine)は「貴族用の高級ワイン」を指すそうだ。ユリアヌスは将校も兵士と同じ「下級ワイン」で我慢させた、というのがギボンの記述の主旨のようだ。
ちくま学芸文庫版(中野好夫訳)で該当箇所(第4巻P30)を確認すると、vinegarは「酢」、wineは「酒類」と訳している。特に訳註はない。著者の指摘が正しければ誤訳に近い。この指摘を知っただけでも、本書を読んだ価値があった。
本書の終盤の現代世界のワイン状況の話は、あまりに細かな話になり、ワイン門外漢の私には馬の耳に念仏に近かった。ワインについて少し勉強して読み返せば面白いのだろうが、そんな日がくるかどうかはわからない。

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