グレート・ゲームの『キム』を読んだが…2025年10月28日

『キム』(キプリング/木村政則訳/光文社古典新訳文庫)
 先日読んだ岩波新書『西域 探検の世紀』でキプリングの『キム』という小説を知り、読みたくなった。この小説によって、中央アジアの覇権をめぐる英露の抗争を指す「グレート・ゲーム」という用語が一般化したそうだ。

 ネットで調べると、現在入手できる邦訳は晶文社版、岩波少年文庫版、光文社古典新訳文庫の三つある。前二者の邦題は『少年キム』、三番目の邦題は『キム』である(原題は"KIM")。最も新しい光文社版を入手して読んだ。

 『キム』(キプリング/木村政則訳/光文社古典新訳文庫)

 ジュニア向け冒険小説と思って読み始めたが、意外と読みにくく、思った以上に時間がかかった。19世紀末のインドの状況や地理を多少は知っていないと話がわかりにくい。登場人物たちを把握するには、仏教、ヒンドゥー教、イスラム教、カソリック、英国国教会など基礎知識も必要である。私は、本書を読み進めながら、登場人物のイメージの把握に苦労した。真摯な人物なのか滑稽な人物なのか判断できなかったり、その行動が個性なのか習俗なのかわからなかったりした。

 キプリングは漱石や鷗外と同世代の英国の作家で、生まれたのはインドのボンベイである。35歳で刊行した『キム』が代表作だそうだ。41歳でノーベル文学賞を受賞している。本書の解説によれば、大衆的人気は持続しているものの「文学者としての価値は早い時期から驚くほど下落」しているそうだ。

 本書の主人公キムはインドに住む英国人の孤児である。インドの社会に溶け込んでいて、頭がよくて身のこなしも早い。この少年は、英国の諜報活動の下請的な使い走りもしている。そんなキムが、悟りを求めてチベットからインドにやって来た老僧と旅する物語である。設定は面白いが、展開は私には少々わかりにくかった。説得力に乏しいと思える箇所が多い。この物語が現実の事柄をある程度ふまえているとすれば、現実がわかりにくいということなのかもしれないが…。

 「グレート・ゲーム」という言葉について、訳者は「まえがき」で次のように述べている。

 「この言葉は『キム』の中で繰り返し使われたことにより、いまや歴史用語として定着しました。ちなみに本書では、そのままカタカナを用いることはせず、チェスの意味を踏まえたことはもちろん、キムが高度な遊戯と見なしている点も考慮して「(世紀の)一戦」の訳語を当てています。」

 私がこの小説に取り組んだのは「グレート・ゲーム」という言葉のイメージをつかみたいからである。だから、本書を読みながら「一戦」という言葉が出てくるたびに「グレート・ゲーム」と変換しながら読み進めた。

 この小説は「グレート・ゲーム」そのものを描いているのではない。「グレート・ゲーム」はあくまで背景であり、本筋は老僧とキムの師弟物語と言える。物語が進むにつれて老僧のウエイトがかなり大きくなっていく。私は、この老僧の人物像を明瞭に把握することができず、それ故に、この小説にあまり没入できなかった。