キャベツ高騰で筒井康隆氏の初期短編を想起2025年01月16日

『別冊宝石 特集・世界のSF』(1964.3)
 キャベツが高騰し、いまや高級品になっているとのニュースに接し、筒井康隆氏の初期短編「下の世界」を想起した。

 私は筒井康隆氏のファンで、ほぼ全作品をほぼリアルタイムで読んできた――と思う。そんな私が最初に読んだ筒井作品が「下の世界」である。1964年3月発行の『別冊宝石 特集・世界のSF』に載っていた。当時、私は高校1年だった。「下の世界」は、1冊すべてSFの別冊宝石のなかで記憶に残る作品だった。高級品となったキャベツのシーンが印象深かった。(この作品の初出は1963.5の『NULL』9号)

 「下の世界」は極端な格差社会になった未来を描いている。社会は「上の世界(精神階級)」と「下の世界(肉体階級)」に分かれ、「少し前までは、この両階級の間での主従関係以外の交際や、まして恋愛などはご法度だった。だが今ではご法度以前に――性交不能じゃ」という状態になっている。

 そんな時代の「下の世界」に生まれた若者が主人公である。この世界でキャベツは高級食材である。闇でしか入手できない。主人公が競技会に出場する前夜、母親が彼のためにキャベツを用意する。キャベツをめぐる食卓シーンは私の脳味噌に深く刻印された。その後しばらくは、キャベツを食べるたびに「下の世界」を思い出した。読んでから60年以上経ったいまでも、たまに思い浮かべる。だから、キャベツ高騰のニュースに反応してしまったのだ。

 「下の世界」を読んだ高校生の私はその後、「SFマガジン」などに載る筒井作品をむさぼるように読んだ。ハヤカワSFシリーズで第1短編集『東海道戦争』(1965.10)が出たときにはすぐに購入した。この短編集に「下の世界」は収録されていなかった。ハヤカワSFシリーズの第2短編集『ベトナム観光公社』(1967.6)にも、文藝春秋から出た『アフリカの爆弾』(1968.3)にも収録されていなかった。筒井作品としては重くて暗いので、短編集収録が見送られたのだろうと思った。

 1968年頃から筒井康隆氏は売れっ子作家になり、多くの作品集が次々に刊行されたが、それらの作品集にも「下の世界」は収録されなかった。葬られた作品かなと感じていたが、1973年2月刊行の角川文庫版『わがよき狼(ウルフ)』に「下の世界」が収録された。この文庫の目次を見て、わがファースト・コンタクトの筒井作品が9年ぶりに日の目を見たという感慨がわいた。ずいぶん昔の思い出だ。