人力ヘリと宇宙エレベーターにワクワク気分甦る2015年01月30日

『日経サイエンス 2015年2月号』目次頁、Eテレ『サイエンスゼロ』の画面、『軌道エレベアーター』(石原藤夫、金子隆一/早川書房)
 『日経サイエンス 2015年2月号』の「人力ヘリを飛ばした現代のライト兄弟」という記事が刺激的だった。人力飛行機コンテストはテレビで目にすることがあるが、人力ヘリコプターについては知らなかった。

 米国ヘリコプター協会は、人力で1分以上ホバーリングするヘリコプターへ賞金25万ドルを提供するとしていたが、この30年間だれも成功しなかった。2007年には、そんな人力ヘリは不可能だという航空工学の論文も出たそうだ。確かに、人力による回転運動で自分自身を垂直に浮遊させるのは難しそうに思われる。

 しかし2013年6月、カナダの二人の若い航空工学者(ライヘルトとロバートソン)が、3メートル以上の高度で1分以上浮遊する人工ヘリを完成した。写真を見ると、グライダーの主翼を4セット吊り下げたような巨大なローターになっている。これを分10回という低速で回転させて浮遊するそうだ。もちろん、設計には緻密な計算があったのだが、写真を眺めるだけでも、いかにも浮遊しそうに思えてくる。コロンブスの卵だ。

 この二人が「人力ヘリは不可能」という専門家の論文を知ったのは、飛行に成功して賞金を獲得した後だったそうだ。痛快な話である。

 この記事の末尾で紹介されているロバートソンの「無茶な目標を設定する必要がある」というコメントが素晴らしい。自動車の燃費を88%改善させようなどという「平凡な目標設定」ではダメで、例えば「1000%の燃費改善の義務化」などがあれば、新たな自動車が誕生するだろうというのだ。「不可能に挑むほうが容易だとは限らないが、平凡なことに挑むよりも満足感が大きく、やる気をそそられ、そして結局のところ、より重要だ」という見解は楽天的にも聞こえるが、頼もしい。

 この記事と似た感慨を抱いたのは「宇宙エレベーター」の話題だ。年初にEテレの「サイエンスゼロ」でも、この壮大なプロジェクト(?)を採り上げ、早ければ2050年に完成と紹介していた。宇宙エレベーター(SFの世界では「軌道エレベーター」と呼ぶことも多い)は、静止軌道の衛星と地球をつなぐエレベーターだ。私は50年前に「SFマガジン」に連載された小松左京の『果しなき流れの果に』でこのエレベーターのアイディアを知って以来、興味を抱いていた。

 宇宙エレベーターを扱ったSFや解説本をいくつか読んできたが、フィクションではなくリアルの世界で宇宙エレベーターが語られる時代が到来したことに少し驚いている。もちろん、解決するべき技術的課題や経済的課題は山積しているだろうが「無茶な目標設定」が掲げられていることに感動する。

 経済成長や技術革新が過ぎ去った時代のもののように感じられる停滞的な風潮の中で、あえて技術革新の夢を語るのは意味深い。社会学者の分析によれば、私たち団塊世代の若い頃は「理想や夢を信じることができる時代」だったが、現在はそんな時代ではなくなっているそうだ。そうは言われても、「人力ヘリ」や「宇宙エレベーター」の話題に接すると、若い頃に抱いた素朴なワクワク感が甦ってきて、これからの世の中も捨てたものではないと思えてくる。古典的な初夢気分だろうか。