映画『箱男 The Box Man』は意外に原作通り2024年09月05日

 渋谷のユーロスペースで映画『箱男 The Box Man』(原作:安部公房、監督:石井岳龍、出演:永瀬正敏、浅野忠信、佐藤浩市、白本彩奈、他)を観た。

 ロビーに箱男の段ボール箱を置いていた。かなりボロボロなので、箱男の残骸にも見える。実物の段ボール箱は意外に大きく、存在感があり、かなり不気味である。

 32年前、安部公房は石井監督に「娯楽映画にしてほしい」と言ったそうだ。この映画は、27年前に撮影直前になって制作中止となり、石井監督の執念の持続で安部公房生誕100年の今年、公開にこぎつけた。

 どう作れば、あのメタフィクション的で難解な『箱男』が娯楽映画になるのだろうかと思いながら映画館に足を運んだ。観終えて、娯楽映画になっているかは疑問だった。箱男(永瀬正敏)と贋箱男(浅野忠信)の格闘シーンや軍医(佐藤浩市)の奇怪なふるまいなど、娯楽映画的に楽しめるシーンは多い。だが、原作と同様に話が迷路になっていて、わけがわからなくなってくる。

 原作では「記録(小説『箱男』の本文?)」の書き手がだれかが不分明になっていき、この箇所の映画表現は困難だと思った。ところが、映画でもその部分を取り入れている。箱男とは見る存在ではなく記録する存在である、との認識にはナルホドと思った。

 原作の登場人物は「葉子」以外は記号化されていて、そもそも別人なのか同一人物なのかも怪しくなる。俳優が演じる映画では、「わたし」「贋医者」「軍医」を個別の肉体が表現するので、多少はくっきりする。

 そして、この映画は私が想定した以上に原作に忠実に作られていると感じた。原作の解釈のひとつの提示であり、あの小説を読み解く大きな手助けにもなる。その意味では、かなり重要な映画だと思う。

 安部公房が「娯楽映画にしてほしい」と述べたのは、『箱男』には娯楽映画になる要素が潜んでいると考えたからだろう。その視点での読み解きのヒントを与えてくれるのが、この映画である。

 映画を観終えて、ロビーの段ボールの残骸を眺め、箱男とは抜け殻かもしれないとも感じた。