「わかっていないこと」の面白さ --- 世界に謎は尽きないが2011年02月15日

『物理学はこんなこともわからない』(川久保達之/PHPサイエンス・ワールド新書/2011.2)、『物理・こんなことがまだわからない』(大槻義彦/ブルーバックス/1998.8)
 次の2冊を続けて読んだ。

 『物理学はこんなこともわからない』(川久保達之/PHPサイエンス・ワールド新書/2011.2)
 『物理・こんなことがまだわからない』(大槻義彦/ブルーバックス/1998.8)

 よく似たタイトルの新書である。最近出版された川久保氏の本の「まえがき」で大槻氏の本に言及していたので、大槻氏の本も入手して読んだ。
 川久保氏が大槻氏の本の存在を知りながら、あえて似たタイトルにしたのは、他にタイトルのつけようがなかったからだろう。私がこの2冊を読んだのは、これらのタイトルに惹かれたからである。

 「わかっていること」よりも「わかっていないこと」に惹かれるのは、ある種の野次馬根性であり、「へぇー!」と驚いてみたいからだと思う。謎がない世界よりは、謎に満ちた世界の方が面白いに決まっている。

 物理学の世界に解明できていない問題がいろいろあることは承知している。「新書大賞2011」受賞の『宇宙は何でできているか』(村山斉/幻冬舎新書)は、現役の物理学者が素粒子物理学の現状をふまえて、まだ解明できていない謎を要領よく紹介した好著だ。『宇宙は何でできているか』で提示されている謎は「暗黒物質(ダークマター)」「消えた反物質」「暗黒エネルギー」などだ。どれも超弩級の「わかっていないこと」である。
 
 『物理学はこんなこともわからない』『物理・こんなことがまだわからない』には、「暗黒物質」「消えた反物質」「暗黒エネルギー」などの話題はほとんど登場しない。これらは「こんなこと」などとは言えない大問題だからだ。

 では、どんなことが「(わかっていない)こんなこと」なのか。

 大槻氏の本では次のような話題を取り上げている。
  ・雷雲になぜ電気が発生するか
  ・「個体」が「液体」に濡れるという現象の詳細
  ・高分子が短時間で最適な形になるメカニズム
  ・地震の前兆といわれる電磁波
  ・粉粒体の物理
  ・渦、乱流、地球規模の大気の動きなどの複雑系

 川久保氏の本では次のような話題を取り上げている。
  ・樹木がてっぺんまで水を吸い上げるしくみの詳細
  ・筋肉のこりと緩和に関する物理や化学
  ・ゾウリムシの走熱性の詳細
  ・渦流のメカニズムの詳細
  ・非平衡開放系における相転移現象の詳細
  ・生体分子エンジンの動作メカニズム

 大槻氏の本と川久保氏の本は、タイトルやテーマは似ているが、記述スタイルはかなり異なっている。
 大槻氏の『物理・こんなことがまだわからない』は、高校生を対象にした啓蒙物語のスタイルで、物理学が扱うさまざまなテーマを大雑把に紹介した概説書である。
 川久保氏の『物理学はこんなこともわからない』も、若い人の興味を喚起することを目的としているが、研究現場からのレポートのようなスタイルになっている。現象を物理学的に解明していく実例がまことに教育的である。

 これらの本を読んであらためて「わかる」と「わからない」のせめぎあいを思った。「わかっていないこと」に真の面白さを感じるのは、実は容易なことではない。
 「わかっていること」も「わかっていないこと」も、その大半は他人の誰か(おそらく、立派な学者)が「わかった」「わからない」を判断したものを伝え聞いているだけで、自分で判断できているわけではない。それを、自身の頭を通さずに無批判に受け容れているだけでは「わかった」と「わからない」にさほどの違いを感ずることはできない。
 「わかっていないこと」の面白さを堪能するには、「わかる」の快感が前提になるように思える。「わからない」が「わかる」に転換する快感、つまりは「勉強・学習」のようなものに喜びを見出すことができてこそ、「わかっていないこと=謎」を楽しむことができるのだ。しんどいことである。