『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』は教育的啓蒙書2023年08月12日

『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』(小野寺拓也、田野大輔/岩波ブックレット)
『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』(小野寺拓也、田野大輔/岩波ブックレット)

 新聞広告でタイトルを見たとき、えげつなさを感じた。でも、読んでみたくなるタイトルだ。読みやすそうな小冊子なのでネットで注文した。入手した翌日(2023.8.6)の朝日新聞文化欄に本書の記事が載っていた。異例の反響で品切れ書店続出だそうだ。

 ユダヤ人虐殺をはじめ多くの「悪いこと」をナチスがやったのは確かだ。だが、事績を「悪い」「良い」の二面だけで評価するのは短絡で、多くの事績は多面的に捉えざるを得ないと思う。だから、本書のタイトルに違和感をおぼえた。

 本書を読んで、こんなタイトルにした意味がわかった。私は知らなかったが、ネットでは「ナチスは良いこともした」と主張する人が増えているそうだ。緻密な議論ではなく、中二病的な単純逆張り主張である。本書は、そんな雑駁な半可通に対する歴史研究者の啓蒙的で教育的な解説書なのだ。

 ナチスのやった「良いこと」として、本書は次のような事例をあげている。

 「アウトバーンを作った」
 「失業率を低下させた」
 「経済を建て直した」
 「歓喜力行団で誰でも旅行に行けるようにした」
 「有給休暇を拡充した」
 「禁煙政策を進めた」
 「先進的な環境政策をとった」

 一見「良いこと」に見えるこれらの事績の実態や結果を検討し、結局は「良いこと」ではなかった、と結論づけている。

 私はナチス関連の本を多少は読んできた。上記の事績の大半についても、いくつかの本で否定的評価を把握していたので、著者たちの結論に納得した。

 本書によって新たに知った事象も少なくない。ナチ体制がユダヤ人識別のためにIBMのパンチカードを利用していたとは知らなかった。戦後、1956-57年のアメリカで、30%近くのホテルが「ユダヤ人客お断り」だったとは初めて知った。

 本書が描出したのは「国民社会主義」というナチ体制が目指した「民族体」の姿であり、「良いこと」とされた事象の多くは、軍事力強化と民族浄化政策とプロパガンダが作り出した仇花だった。破綻せざるを得ない幻影である。