新書大賞の『人新世の「資本論」』は気宇壮大だが……2021年04月29日

『人新世の「資本論」』(斎藤幸平/集英社新書)
 気になりつもスルーしていた新書を読んだ。きっかけは、新聞広告で目にした「SDGsは大衆のアヘンだ」という惹句だ。2021新書大賞第1位の話題の本である。

 『人新世の「資本論」』(斎藤幸平/集英社新書)

 著者は34歳の研究者(経済思想、社会思想)である。現在は地質年代で完新世だが、人類の経済活動が地球に与える影響によって「人新世」という新たな年代に突入したという説がある。本書はそんな新時代の新たなマルクス解釈を展開している。

 団塊世代である私の学生時代、マルクスはまだかなりの影響力をもっていた。私は『資本論』を入手したものの数ページで挫折した。初期マルクスの短い論考は読んだが内容は失念している。ソ連が崩壊し、過去の思想家になったと思われていたマルクスが21世紀になって復活しつつあるように見えるのは興味深い。

 本書の著者はマルクスの草稿やノートを研究し、晩期マルクスの思想をベースにコミュニズムの新たな姿を提示している。それは〈コモン〉と呼ぶ社会的な富を市民(協同組合)が共同管理する「脱成長コミュニズム」という形態である。
 
 著者は現代社会には気候変動による悲惨な未来が迫っており、資本主義の体制が続く限りはそれを避けることはできないと認識している。そして、悲惨な未来を避けるには、資本主義を克服した「脱成長コミュニズム」しかないとしている。

 気宇壮大な議論に引き付けられるが、著者の主張に納得はできなかった。興味深い考えだが夢想的に見える。格差が拡大しつつある新自由主義の世界を変えなければ未来は悲惨であり、大きな変革が必要なのは確かだ。どう変革するのが正しいかはわからないので、本書の主張も未来を考えるために有益な材料にはなるだろう。

 著者がCO2温暖化による気候変動を大前提に論を展開しているも気になる。脱炭素社会という新ビジネスの資本主義的スローガンに安易に乗っているように見える。

 また、「脱成長コミュニズム」という新たな世界のイメージを提示するのに、マルクスにこだわり過ぎているようにも思える。マルクス研究者としては仕方ないのかもしれないが。

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