『世界史との対話(中)』は深くて読み応えがある2021年03月29日

『世界史との対話:70時間の歴史批評(中)』(小川幸司/地歴社)
 『世界史との対話(上)』に続く中巻をやっと読み終えた。

 『世界史との対話:70時間の歴史批評(中)』(小川幸司/地歴社)

 長年、高校や市民講座で世界史を教えてきた高校教師の講義録という体裁だが、テーマを絞って人物、生活、社会などにこだわった濃い講義で読み応えがある。全3冊で70回(週2回で1年分)のうち23講義を本書に収録している。

 冒頭の第25講のタイトルは「ジュリエットとスコラ哲学」で、オッカムという哲学者の文章が紹介される。その引用文があまりに難解で困惑したが、引用の直後に「これでは理解不能と思われる方も多いでしょう。私も最初はそうでした」とあり、ホッとした。それにしてもジュリエットなんて哲学者がいたかなあと思いつつ読み進めると、これは『ロミオとジュリエット』のジュリエットだった。『薔薇の名前』も出てくる。関係なさそうなものが見事に絡みあって歴史の講義になっていく展開に引き込まれた。

 著者の講義は哲学や文学を援用して世界史を語る形が多い。本書末尾の第47講は美貌の皇妃エリザベートを題材にした「宮廷生活を嫌ったオーストリア皇后」で、この講義ではカフカの『変身』を引用している。「存在と記憶の抹殺」という世界史の問題をこの小説に重ねているのだ。もちろんカフカ自身も歴史の登場人物の一人である。なるほどと唸ってしまう。

 本書全般の大きなテーマは、従来の西欧中心史観の見直しである。いわゆる「大航海時代」を東南アジアの視点で捉え直した説明が興味深い。大英帝国の「覇権」を冷静に再検討しているのも私には新鮮だった。教えられることが満載の講義である。

 全3巻の本書には各巻ごとに「まえがき」と「あとがき」がついていて、それがまた面白い。世界史教育の課題がわかるだけでなく、高校教師の悲哀と喜びが伝わってくる。本文にも著者の自分語りの箇所があり、親しみがわく。

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