岩波新書の『三島由紀夫』は面白くてわかりやすい2020年12月14日

『三島由紀夫:悲劇への欲動』(佐藤秀明/岩波新書)
 三島由紀夫没後50年で、先月(2020年11月)は三島由紀夫に関するテレビ番組、新聞記事、雑誌記事に接する機会が多かった。そんななかで読んだ、次の新書が面白かった。

 『三島由紀夫:悲劇への欲動』(佐藤秀明/岩波新書)

 三島事件(1970年11月25日)のとき私は大学生だった。同時代作家との意識は強いが、三島の熱心な読者ではなかった。最初に読んだのは高校1年のときの『金閣寺』(新潮文庫)だと思う。当時、彼はにノーベル賞候補と言われる有名作家だったので、「これがノーベル賞候補作か」と思いながら読んだ。SF好きの高校生だったので単行本の『美しい星』も読んだがピンと来なかった。『近代能楽集』はよかった。

 リアルタイム気分で読んだのは『春の雪』『奔馬』ぐらいで、この2作は面白いと思った。『文化防衛論』もリアルタイムで読んだはずだが、理解できなかった。三島事件以前、私にとっての三島由紀夫は、気がかりな同時代作家ではあるものの、よくわからない遠い作家だった。

 三島事件は衝撃的だった。政治的事件ではなく作家の自死という文学的事件に思えた。あの衝撃以降は「彼が書いたもの」より「彼について書いたもの」の方に惹かれ、いくつかの三島本を読んできた。

 一昨年に読んだ『三島由紀夫 ふたつの謎』(大澤真幸/集英社新書)は、謎の提起には引き込まれたものの、謎の解明部分が哲学的・観念的で難解だった。それに比べて本書は明晰でわかりやすい。

 著者の佐藤秀明氏は「前意味論的欲動」という独自の概念をキーにして三島由紀夫の生涯を綴っている。前意味論的欲動の内容は「悲劇的」「身を挺する」という欲動で、『仮面の告白』と『太陽と鉄』にこの二つの言葉が出てくる。最初のうちは、こじつけに近い分析のように感じたが、読み進めていくうちに納得させられてしまった。

 著者は三島由紀夫の研究家で、山中湖にある三島由紀夫文学記念館の館長も務めている。この著者の三島由紀夫への「つかず離れずの眼差し」がいい。死後50年を経たからこその評伝だと思える。本書を読み終えて、三島由紀夫の作品をあらためて読みかえしたくなった。

 本書の結語を以下に引用する。

 「三島文学の崖は高くとも、岩肌は摑みやすく脆くない。急峻な崖であっても登れなくはない。表現者としてこのような崖を意図して築いたのは、人間世界の辺境にいつづけた人の哀しさだったのかもしれない。」

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