ギリシア文明はオリエントの強い影響下に生まれた2020年11月08日

『東地中海世界のなかの古代ギリシア』(岡田泰介/世界史リブレット/山川出版社)
 書店の棚に並んだ山川出版の「世界史リブレット」を漫然と物色、立ち読みしていて、次の冊子の冒頭見出しが目に飛び込んだ。「『黒いアテナ』の衝撃」とある。

 『東地中海世界のなかの古代ギリシア』(岡田泰介/世界史リブレット/山川出版社)

 バナールの『黒いアテナ』という歴史書を書店でパラパラと立ち読みしたことがある。興味を抱いたが、あまりに大部かつトリビアルで、私には手に負えないと判断した。「世界史リブレット」なら手頃なので、本書を購入した。

 著者は冒頭で、約30年前に刊行された『黒いアテナ』を次のように要約している。

 「古代ギリシア文明は(…)、エジプト・フェニキア文化の強い影響のもとに、紀元前2000年紀の前半に形成された。その歴史は伝承として記憶され、古典期のギリシア人自身もそれを知っていた。ところが、18世紀以後に高まってきたヨーロパ中心主義、人種的偏見、反ユダヤ主義のため、そうした事実は20世紀にいたるまで欧米学界の「正統派」によって黙殺・隠蔽され、かわりに、ギリシア文明は「アーリア系」白人たるギリシアによって独自に生み出されたものだという虚構が流布してきた。」

 この主張は賛否両論を引き起こし、バナールの史料解釈の難点なども指摘されたが、「少なくとも問題提起としての方向性は容認しよう」という動きも出てきたそうだ。

 著者は『黒いアテナ』の紹介をふまえて、古代ギリシアがオリエントから受けた大きな影響を検証している。私にはとても面白く、目から鱗の読書体験だった。西欧文明の源流はエーゲ文明に始まるギリシア文明とのイメージがある。だがその「源流」は、古代オリエント文明から大きな影響を受けて生まれた「支流」とも言えるのだ。

 エーゲ文明がオリエントの影響を受けているとは教科書にも書いてあるが、やはりギリシア・ローマ文明とオリエント文明は別物とのイメージがある。それは間違いのようだ。ホメロスやヘシオドスの作品にもオリエント文学の強い影響がみられるそうだ。考えてみれば、新興文明が先行する文明から大きな影響を受けるのはあたりまえである。

 ギリシア人は先進文明をもつエジプトやメソポタミアに畏敬の念を抱いていた。それが転換する契機はペルシア戦争の勝利である。ギリシア勝利の自信がオリエント諸民族に対する偏見・蔑視を生んだ。日本と大陸との関係を連想する。