『もう一つ上の日本史』は読了に時間を要する2020年11月01日

『もう一つ上の日本史 古代~近世篇:『日本国紀』読書ノート』(浮世博史/幻戯書房)
 『もう一つ上の日本史』という2巻本の1巻目を読んだ。今年(2020年)6月の朝日新聞の書評で呉座勇一氏が「旧説・俗説の問題点、丁寧に指摘」と紹介していたので興味がわき、入手した。

 『もう一つ上の日本史 古代~近世篇:『日本国紀』読書ノート』(浮世博史/幻戯書房)

 本書は、作家の百田尚樹氏が2018年に刊行したベストセラー『日本国紀』の誤りを、社会科の教師が細かく指摘したブログをまとめたものである。指摘は全時代にわたり、その分量は元の『日本国紀』の2.5倍、ぶ厚い2冊の「もう一つの通史」になっている。

 私は『日本国紀』を読んでいないし読む予定もない。百田氏の言動や新聞記事などで『日本国紀』のトーンは推測できる。ヘンな考えの人が、歴史をダシに自身の見解を述べた「床屋史談」に近く、まっとうな歴史書ではないと仄聞している。

 批判対象を読まずして批判本を読んだのは、呉座氏の書評に「本書は一般人が陥りやすい誤解・俗説を正す内容になっている」とあったからだ。私自身、高校で日本史を学んで以降の50数年間、歴史小説や雑多で断片的歴史書を多少は読んできたが、まともな通史は読んでいない。日本史を把握しているという自信はなく、頭の中のまだら模様の歴史像は誤解・俗説にまみれている可能性が高いと思われる。

 そんな私にとって、本書は『日本国紀』絡みの言説を棚上げにしても大いに勉強になった。著者は社会科教師だから教科書に基づいた説明が多い。それは、教科書の簡潔な記述の背後にある歴史学の最近の見解紹介につながり「へぇー」と思わされる。教科書に書かれていない細かな事項の紹介も多い。私にとっては「誤解・俗説を正す」以前の新規の知見である。多様で詳細な通史なので読了に時間を要した。

 以下、私の知識が本書によって転換させられた事柄をいくつか羅列してみる。

 本書では、漢書や魏志倭人伝にある「倭」に侮蔑的な意味はないとしている。「倭」が「小さい」「従順な」を意味すると考えるのは「矮」との混同で、漢の時代の漢字字典にそんな意味はないそうだ。私は「匈奴」「鮮卑」と同様に蔑称だと思っていた。山川出版社の『日本語用語集』には「倭は自称の我から来たという説、矮小の意とする説などがあるが、東方夷狄の蔑称」とある。

 参勤交代には、大名の経済力を弱めるという幕府の意図はなかった。幕府は参勤交代にカネをかけるなと命じていたが、諸大名は見栄でカネをかけていたそうだ。『超高速!参勤交代』という映画があったが、あれも俗説ベースか。

 綱吉はイヌ好きではなかったらしい。「生類憐みの令」による綱吉の悪政イメージは、次代の新井白石による前政権批判の日記や信憑性のない当時のゴシップ集によってつくられたそうだ。

 幕末にフランスが幕府支援、イギリスが薩長支援というのは誤解。この時代、イギリスとフランスは共同歩調で、日本に対しては内政不干渉が基本原則だった。

 孝明天皇暗殺説は現在では否定されている。孝明天皇の崩御で討幕派が有利になったわけではなく、むしろ幕府の主導権が強まった。

 幕末の小御所会議の際、西郷隆盛が「短刀一つあれば済む」と言って山内豊信らを脅したというのはフィクション。

 私にとっての新たな知見は他にも数多いがキリがない。