『三島由紀夫VS東大全共闘』は懐かしくも胸に刺さる2020年10月24日

 下高井戸シネマで『三島由紀夫VS東大全共闘:50年目の真実』を観た。1969年5月、千人の学生が集まった東大駒場での討論を中心にしたドキュメンタリーである。私たち団塊世代にとって、懐かしくも胸が痛くなる映像にあふれた映画だった。

 当時大学生だった私は、この討論を週刊誌の記事で知った。討論の翌月には新潮社から『討論 三島由紀夫VS東大全共闘』という本が出た。数ヵ月後に古書で入手し、目を通した。

 1969年初夏、私のいた大学では、やや遅れて盛り上がった大学闘争の真っ最中だった。東大ではずいぶん文化的なことをやっているなあと思い、三島由紀夫のマスコミを利用した巧みな売名パフォーマンスに全共闘が乗せられているようにも感じた。

 討論から1年半後の1970年11月、三島由紀夫は市ヶ谷の自衛隊で自決した。この事件は彼の文学的な自殺に思えた。あの頃、三島由紀夫は安部公房、大江健三郎とともに重要な同時代作家だと捉えていたので、事件の衝撃は大きかった。

 それから30年後の2000年、『三島由紀夫VS東大全共闘 1969-2000』という本が藤原書店から出た。全共闘メンバー数名が30年を経て昔の討論を検討した討論をまとめた本である。新潮社の本で全共闘A、全共闘C、全共闘Hとなっていた諸氏が、木村修、芥正彦(劇団駒場)、小坂修平(著述業)という実名で登場する。当時は会場にいた橋爪大三郎(社会学者)も30年後の討論に参加している。1988年に出た小坂修平(全共闘C)の『非在の海:三島由紀夫と戦後社会のニヒリズム』にナルホドと感じたこともあり、この本を興味深く読んだ。

 それからさらに20年、三島由紀夫没後50年の今年(2020年)、この映画を観た。映画には現在の木村修、芥正彦、橋爪大三郎も登場する。小坂修平は2007年に亡くなっているので、50年前の若い姿だけで、現在の映像はない。

 50年の時間を晒す映像を観ると、三島由紀夫を含めて50年前のみんなは若い――そう感じざるを得ない。討論の内容は書籍で読んでいるが、ほとんど失念している。あらためて映像を観て、こんなにも観念的なことをこんなにも熱く論じていたのかと、妙な懐かしさを感じた。あの頃、多くの学生たちは生きて行く基盤としての「思想的営為」に飢えていたのだと思う。また、この討論会を含めて劇場空間が蔓延した時代だったと思う。

 この映画のナレーションは、三島由紀夫の次の発言を1年半後の事件の予告としている。

 「私が行動を起こすときは、結局諸君と同じ非合法でやるほかないのだ。非合法で、決闘の思想において人をやれば、それは殺人犯だから、そうなったら自分もおまわりさんにつかまらないうちに自決でも何でもして死にたいと思うのです。」

 当時、三島由紀夫が自裁をほぼ決めていたと私も思う。だが、この発言を予告と見なすのはおかしい。三島由紀夫は決闘の決意で殺人を犯したのではなく、準備周到な切腹をしただけである。殺人者になれば文名が疵つく。切腹なら文名は安泰だ。あの事件は合法ではないが、政治的な非合法活動とは言えない。