スキタイの黄金製品に惹かれて古書入手2020年10月11日

『NHKエルミタージュ美術館4』(五木寛之編/日本放送出版協会/1989.5)
 林俊雄氏の『スキタイと匈奴』巻末の参考文献リストにあった次の本が気になり、古書で入手した。

 『NHKエルミタージュ美術館4』(五木寛之編/日本放送出版協会/1989.5)

 林氏は本書について「エルミタージュ所蔵のスキタイ黄金製品やパジリク出土品を紹介」とコメントしている。

 スキタイ文化の古墳の大半は盗掘され、金製品は溶かされて、ほとんど残っていないが、盗掘をまぬがれた遺物の多くはエルミタージュ美術館に収蔵されている。林氏の本にはそのいくつかがモノクロ写真で掲載されている。紀元前4世紀~7世紀という遠い昔に騎馬遊牧民が残した金製品のすばらしさに目を奪われた。これをカラー写真で見たいと思い、本書をネットで購入した。

 届いたのは大判のムック風の美術書で、期待以上に充実した内容だった。「五木寛之編」に違和感があったが、入手して事情がわかった。本書は1988年にNHKが放映した「エルミタージュ・華麗なる美の殿堂」という番組を元にした本で、五木寛之はこの番組の出演者なのだ。巻頭エッセイや対談は五木寛之で、本文の多くは研究者たちの解説文である。「美術監修:加藤九祚」とあり、大半の執筆者はソ連(当時)の研究者である。

 本書を入手してから、サブタイトルが「スキタイとシルクロードの文化」だと気づいた。目当てのスキタイに加えてシルクロードの遺物も載っているのだ。

 私は昨年8月、「幻のソグディアナ タジキスタン紀行」というツァーに参加した。そのとき、かつてはソ連だった中央アジアの遺跡の発掘物(壁画など)の多くが現地の博物館ではなくエルミータージュにあると知り、残念に思った。現地の遺跡では見ることができなかったソグド人の遺物が本書にカラー写真で載っている。不意打ちのような出会いに少し感動した。

 本書に載っている「ソグド芸術の特質」と題する解説文の筆者はB.I.マルシャークという研究者である。この文章を読んでいるうちに筆者名への既視感がわいてきた。昨年、タジキスタンのペンジケント遺跡(ソグド人の遺跡)を訪ねたとき、無人の遺跡の入口に白い柵で囲っ小さな墓があった。ガイドから、この遺跡を研究したロシアの考古学者の墓だと聞いた。その考古学者がマルシャークだった。当時は未知だった学者の文章に1年後に遭遇したのである。私が撮影した墓の写真を眺め、妙な懐かしさを感じた。 

 スキタイや中央アジアに続いて、本書には中国の西域(敦煌、ホータン、トルファン、シクシン、クチャ)や内モンゴルのハラホトの発掘物も載っている。19世紀後半以降、ロシア(後のソ連)だけでなく西欧や日本の探検隊が西域の遺物を持ち帰っていたことをあらためて思い出した。

 本書は「草原の黄金文化スキタイ」「ソ連領中央アジア」「砂漠の大画廊敦煌と西域美術」という三つの章で成り、それぞれの章の冒頭に加藤九祚の概論的解説がある。その地域の歴史とソ連における研究状況を簡潔平明に述べていて、わかりやすい。大いに勉強になった。

 本書の発行はソ連崩壊2年前の1989年である。当時、ペレストロイカが始まっていたが、ソ連崩壊までを予測していた人は多くなかったと思う。五木寛之は巻頭エッセイで次のように述べている。

 「現在のソ連は、昔のロシアではない。それは数多くの共和国の連邦であって、その人種構成も、歴史や伝統も、言語や文化のかたちも、驚くほどの多様性を抱えこんでいる。」

 ソ連崩壊は多様性の崩壊だったのか、あるいは現在でも何らかのかたちで多様性は持続しているのか、考えさせられた。