『物語イタリアの歴史』の藤沢道郎氏のグラムシ入門書を読んだ2020年02月15日

『アントニオ・グラムシ:イタリア共産党の思想的源流』(藤沢道郎/すくらむ社/1979.5)
 中公新書の『物語イタリアの歴史』『物語イタリアの歴史Ⅱ』が思いのほか面白く、著者・藤沢道郎氏の略歴を調べ、若い頃はグラムシを研究していたと知った。

 グラムシは懐かしい名前だ。と言っても名前を知っているだけで、その内実はほとんど知らない。『物語イタリアの歴史』を読んだ縁で、この本の著者の手によるグラムシ入門書を読んでみたくなり、ネット古書店で次の本を入手した。

 『アントニオ・グラムシ:イタリア共産党の思想的源流』(藤沢道郎/すくらむ社/1979.5)

 読みやすい平易な本だった。「すくらむ社」とは聞いたことのない出版社である。本書のあとがきによれば「若い労働者向けの月刊誌『すくらむ』」に連載した記事をまとめたものだそうだ。ネットで検索してもこの雑誌や出版社に関する情報はない。すでに存在しない雑誌、出版社だと思われる。

 グラムシという名を目にしたのは大学入学(1968年)直後だった。部室の窓に「グラムシ研究会」と大書したサークルがあった。何を研究するサークルなのか意味不明だったが、やがてグラムシは虫ではなく人名で、そのサークルはフロント派の拠点だとわかった。

 フロントは構造改革派の一派で、緑のヘルメットにキリル文字の「Ф」が印象的だった。私の大学では全共闘を主導するセクトの一つで、それなりの存在感があった。

 ちなみに、民主党政権時の官房長官・仙谷由人、経済産業大臣・海江田万里や『噂の真相』の編集長・発行人・岡留安則などは元フロントらしい。

 閑話休題。本書が出版されたのは1979年で、1960年代末の全共闘などの熱い時代からは約10年が経過している。当時の時代状況をはっきりとは思い出せないが、団塊世代より下の白け世代が社会人になり始めた頃だろう。いまはなきイタリア共産党やソ連が存在していた時代である。

 本書刊行の1979年時点で著者の藤沢道郎氏は46歳(2001年、68歳で逝去)、それまでにグラムシに関する研究書や訳書を多く手掛けている。本書が1979年当時にどう受け取られたかは不明である。

 本書はグラムシの生涯と思想を簡略に紹介している。著者も述べているように、本書でグラムシの思想をつかめるわけではない。それでも、半世紀以上も私の頭の中で名前だけだった存在が具体的な人物像として紡ぎ出され、少しすっきりした。全共闘の時代に彼に一定の人気があった理由も多少はわかった。

 本書を読もうと思った動機のひとつに、先月、ムッソリーニやダンヌンツイオに関する本を何冊か読み、このままでは片手落ちの気分になったこともある。バランスを取るにはグラムシがちょうどいいと思えた。

 本書を読んで、第一次大戦から第二次大戦に至るイタリア現代史の様相への理解が少し深まった。著者は次のように述べている。

 「1920年代の前半と言えば、全ヨーロッパで広くファシズムの革命性が信じられていた時期です。行きづまった資本主義体制を根本的に変えていくとすれば、レーニンの示す道を進むか、それともムッソリーニの示す道を行くか、どちらかであると、多くのまじめな青年が信じていたのです。」

 自分の目の前で起きている事象を歴史の目でとらえるのは容易ではない。本書を読みながら、そんなことをつくづく考えた。