私のピースボート体験(2)2009年01月24日

◎寄港地とオーバーランドツアー

 第63回ピースボートの寄港地は22カ所だ。大半の寄港地では朝入港し、その日の夜には出港する。港で一泊して翌日出港する寄港地もいくつかあるが、滞在時間12時間以下の寄港地が多い。
 寄港地から離れた場所に行きたいなら、オーバーランドツアーを申し込むことになる。オーバーランドツアーとは、ある寄港地で下船し、航空機やバスで観光地などを巡り、次の寄港地で船に合流するツアーのことだ。
 私たち夫婦は、この機会に各地の世界遺産などを見ておきたいと思い、次のオーバーランドツアーを申し込んでいた。

 ・アンコールワット遺跡探訪(3泊)
 ・インド文化遺跡の旅(6泊)
 ・ルクソール遺跡とピラミッド観光(3泊)
 ・トルコ世界遺産の旅(4泊)
 ・ギアナ高地(1泊。同じ寄港地に帰るので正確にはオーバーランドツアーではない)
 ・ガラパゴスとマチュピチュ遺跡(10泊)

◎出航後の遅延

 第63回ピースボートの地球一周は、2008年9月7日から2008年12月18日までの103日の予定だった。しかし、帰航は2009年1月13日になった。予定より26日遅れて、129日間のクルーズになった。4カ月以上の船旅だった。
 こんなに遅れたのは、以下のように寄港地での足止めがくり返されたからだ(詳細は、別表「第63回ピースボートの寄港地と日程」参照)。

 ・ダナン(ベトナム)で2日停泊予定が4日停泊になり、2日遅延
 ・シンガポールで1日停泊予定が6日停泊になり、5日遅延
 ・寄港予定がなかったイズミル(トルコ)に15日停泊し、15日遅延
 ・ピレウス(ギリシャ)で1日停泊予定が8日停泊になり、7日遅延

 上記の遅延日数を合計すると29日になるが、実際の遅延は26日だった。航行速度を上げて洋上航海の日数を短縮したからだ。

◎私の体験した遅延

 横浜出航のときから遅延は始まっていたのだが、最初の寄港地・ダナンの到着も大幅に遅れた。入港は朝の予定だったので、私はミーソン遺跡日帰りツアーを申し込んでいた。入港が数時間遅れるというので、ジャパングレイスのデスクに様子を聞きに行った。多少遅くなってもツアーを催行するとのことだった。ツアーの帰着が深夜になるといやだと思い、その日帰りツアーはキャンセルした。結局、船の入港は午後になってしまい、ミーソン遺跡日帰りツアーは中止になった。これが、出航後の最初の遅延体験である。
 その後の私の遅延体験は、一般の乗客とは少し異なる。オーバーランドツアーに参加していたからだ。
 私は、ダナン停泊の2日目に「アンコールワット遺跡探訪(3泊)」に出発し、シンガポールで船に合流する予定だった。ところが、ツアーを終えてシンガポールに到着しても船が着いていない。シンガポールのホテルで2泊して船を待った。だから、ダナン4日停泊の遅延を船内では体験していない。
 船がシンガポールに入港すると、私たちは船室に帰って大急ぎで荷造りして、すぐに「インド文化遺跡の旅(6泊)」へ出発した。オーバーランドツアーのハシゴである。
 「インド文化遺跡の旅」はコーチン(インド)で船に合流する予定だった。ところがコーチンに到着しても船が来ない。シンガポールで足止めされていたからだ。コーチンではホテルに5泊することになった。だから、シンガポール6日停泊の遅延も船内では体験していない
。  「トルコ世界遺産の旅(4泊)」ではトルコの寄港地クサダシで下船した。合流予定はパレルモ(イタリア)だった。ところが、ツアー中に船が予定通りに運航していないとの情報が入ってきた。アジアからヨーロッパに赴く前に、予定外のイズミル(トルコ)に停泊し、船の整備を万全にするというのだ。ヨーロッパの方が船の検査が厳しいそうだ。そのため、ツアーの到着地はパレルモではなくイズミルになった。
 イズミルで船に合流したのは10月17日、すでに停泊4日目だった。翌日の10月18日に出港する予定だったが、10月18日になると「出港は20日18時に延期」のアナウンスがあった。
 20日以降は「本日は出港できません。出港予定は明日お知らせします」のアナウンスがくり返され、実際に出港したのは10月28日だった。イズミル停泊は15日に及んだ。
 イズミルを出港した船は、翌日にはピレウス(ギリシャ)に到着した。ピレウスでも予定通りに出港できず、ついに別の船に乗り換えることになった。引越し作業などもあり、ピレウス停泊は8日になった。
 このように、私たちが船内で遅延を体験したのはイズミルでの停泊4日目以降からである。

◎署名運動の欺瞞

 シンガポール停泊中にジャパングレイスの船内説明会が開かれ、かなり荒れたと聞いた。目撃していないので詳細は分からないが、大衆団交か債権者会議のような雰囲気だったらしい。
 イズミル停泊中に説明会が開かれたのは停泊14日目の10月27日だった。
 説明会ではジャパングレイスの責任者が状況説明をしたが、その内容は空疎で何も進展しなかった。何人かの乗客が、問題がある船を出航させたことの責任を質したが「当局の許可を得て横浜を出港したので問題ない」と回答するだけだった。遅延による旅行の質の低下への対応を求める要望にも明確な回答はなかった。
 この日の説明会で驚いたのは、冒頭にピースボートの責任者が出てきて、例の「こんにちはー」の後、「この状況への怒りをどこにぶつければいいのでしょうか」と言い出したことだ。「お前だろう」という当然の野次も飛んだが、この責任者は「地球一周をやりとげるため、私たちにできることは何でもやりましょう。私たちの声を船会社にぶつけるために、署名運動を始めます」と宣言した。
 問題のすりかえに唖然とし、腹が立った。こんな演説に拍手する乗客が少なくないことにも驚いた。
 ピースボートとジャパングレイスは、船の遅延を船会社のせいにして、自分たちも被害者だと言い張ろうとしているのだ。被害者は乗客であって、その責任を負うべきは、船会社を選定したピースボートとジャパングレイスなのに、それをごまかそうとしているように感じられた。
 船会社に対して「出港させろ」という乗客の署名を集めても、効果が期待できるとは思えない。ピースボートが児戯に等しい署名集めをしたのは、彼らが無邪気で真面目だからではない。ずる賢いからである。署名運動によって乗客の矛先を船会社に向けさせ、ピースボートやジャパングレイスに対する責任追及をかわそうとしたのだろう。
 後で分かった状況から見て、10月27日の時点で別の船会社の船に乗り換える交渉は進んでいたはずだ。船会社に対する署名集めが無意味なことを一番よく知っていたのはピースボートなのだ。そんな無意味な署名運動を始めたのは、乗客をバカにした欺瞞であり、彼らの狡猾な政治性を露呈させる行為だった。
 それでも、ボランティアを使った署名運動では、かなりの乗客の署名を集めたようだ。

◎社長説明会

 ピレウス停泊中の11月1日、日本からやって来たジャパングレイス社長の説明会が開催された。社長は原稿を読み上げる形で形式的な謝罪をし、以下のような主旨の説明をした。

(1) 代替船「モナリザ号」を手配した。ピレウスで船を乗り換える。
(2) 当初予定の12月18日帰航は不可能。12月18日に帰国したい人の航空券はジャパングレイスが負担する。

 その後の質疑では「途中下船者への代金返還」「遅延、旅行の質の低下に対する補償」などの要求が出て、社長は検討すると回答した。また、「12月18日に帰国した後、無料で再乗船できるか」の質問に対して「できます」と回答した。
 イズミルでの説明会とピレウスでの社長説明会で、何となく乗客の色分けが分かってきた。発言者のほとんどはジャパングレイスに対する批判者だが、特にまとまって組織的に動いているわけではなさそうだ。批判者に対して野次を飛ばす人もいるし、ジャパングレイスやピースボートの説明に拍手する人も少なくはない。

◎要望書の提出

 私たち夫婦は、説明会におけるジャパングレイスへの批判的発言に共感していたので、発言者の何人かに声をかけて知り合いになった。
 11月6日、代替船「モナリザ号」はピレウスを出港した。その後、この船は帰国までスケジュール通りに運航した。あたりまえのことなのだが、予定通りに入出港する航海が新鮮に感じられた。
 代替船で出港してから4日後の11月10日、説明会で批判発言をくり返していたM氏から相談を受けた。説明会では補償問題についての明確な回答がなかったので、ジャパングレイス社長あてに文書を提出し、期限付きで文書による回答を求めたいというのだ。地方の中小企業経営者であるM氏は、私に提出文書を作文してほしいと言った。
 私はM氏の話を聞きながら提出文書を作成した。どうせなら、M氏単独で提出するより、多くの乗客の署名を添えた連名の方がいいと思った。M氏以外の数人に集まってもらい、提出文書を検討した。
 集まったメンバーのK氏は、すでに単独の要望書をジャパングレイスに提出していた。M氏の意向に沿って私が作った文書は、ジャパングレイスの見解を質したうえで要望する形になっていて、やや長文だった。何人かの意見を取り入れて、より簡潔な要望書に作り変えた。
 文書の提出日は11月12日、回答期限は11月19日とした。行動は速いに越したことはないのだが、翌日の11月11日はバルセロナへの寄港日で、私を含めてほとんどの乗客が船にはいない。だから、翌々日の11月12日に提出することにしたのだ。要望書の内容は以下の通りだ。
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   要望書

 下記事項について、ご検討いただきたく要望いたします。
なお、ご検討結果を11月19日までに文書にて回答願います。

   記

1. 12月18日以降の下船者(地球一周船旅の未遂行部分)に
対する補償
2. 旅行遅延に伴う精神的苦痛等に対する対応

   以上
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 M氏は「最初の版の長い文書の方が自分の考えをよく反映しているので、自分はそれに署名して提出したい」との考えだった。そこで、乗船者有志一同の名で提出する要望書とM氏の文書の両方を提出することにした。
 11月12日の午前、私の船室に有志数名に集まってもらい、文書に署名した。腰の軽いT氏がその文書を持って船内を回り、短時間で20名の署名が集まった。時間をかければもっと集まると思ったが、速度を優先すべきだと判断し、昼過ぎには有志数名でその要望書をジャパングレイスの責任者に提出した。行きがかり上、私が最初に署名したので、回答は私あてにもらうよう要望した。

◎要望書への回答

 11月19日午前、ジャパングレイスの責任者から「本社から回答文書が届いた」との連絡があった。回答を受け取る場所を探してもらったが、どこも空いていないので、私の船室で受け取ることにした。連絡の取れる有志に船室に集まってもらうと、十数名になった。比較的広い船室だったが一杯になった。船室でジャパングレイス社長名の文書を受け取り、ジャパングレイスの責任者にその文書を読み上げてもらった。
 短くはない文書だったが、言い訳や居直りを連ねた内容で、要望への回答はなかった。要は「検討中です」という回答だった。その場で「検討結果がいつ出るかを早急に知らせてほしい」と要望した。
 翌日、ジャパングレイスの責任者から「近日中に社長名の回答をするが、有志あてではなく全乗客に対して回答する」との話があった。
 私たちは、前回の文書の無内容さから判断して期待はずれの回答が出る可能性が高いと考え、そのような事態に備えて、全乗客に呼びかける署名集めの準備を始めた。
 11月22日、社長メッセージが発表された。説明会が開催されたのではなく、各寄港地の到着前に開催される恒例の寄港地説明会の中で発表されたのだ。社長メッセージの主旨は以下の通りだった。

(1) 全乗客に300ドルを支払う
(2) 全乗客に12万円のジャパングレイスのクーポン券を支給する。このクーポン券は本人が今後2年以内の地球一周クルーズに参加する時にだけ使える
(3) 途中帰国を余儀なくされた乗客に対するクルーズ未遂分の補償として、未遂の寄港地1カ所について1万円を支払う
(4) 社長説明会で「途中帰国後、無料で再乗船できる」と回答したが、弁護士から無理だと指摘されたので撤回する

 私の妻が「300ドルやクーポン券を受け取る際『今回の件について今後、一切文句は言いません』という一札を入れるのか」と質問すると「そのような主旨の受取書にサインしていただく」という回答があった。
 社長メッセージをふまえ、私の船室に有志十数名に集まってもらい、さらなる要望に向けての署名集めをするか否かを検討した。「満足できる回答ではないが、これ以上の回答を引き出すための署名活動をするのは難しい」という意見が大半だった。
 ということで、私たちの「運動準備」は運動がスタートする前に終了した。「署名を集めようよ」と言った人もいたが共感を得られなかった。中には「こうなったからには『署名活動はしません』とピースボートに申し入れた方がいいのではないか」などとトンチンカンで卑屈なことを言い出す人もいた。「今後は個別交渉をする」と言う人もいたし、「日本に帰ってから個人で訴訟を起こす」と言う人もいた。有志といっても、何となく声をかけ合って集まった人々で、内実はバラバラだった。
 私たち夫婦は300ドルもクーポン券も受け取らなかった。受け取らなかったのは、ほんの少数だったようだ。クーポン券は受け取らず、300ドルだけ受け取った人もいた。

       私のピースボート体験 (1) (2) (3) (4)

私のピースボート体験(1)2009年01月24日

◎なぜピースボートに乗ったか

 ピースボートに乗ろうと言い出したのは妻だった。世界一周クルーズは魅力的だが、ピースボートでなくてもいいだろうとも思った。調べてみると、日本で世界一周をしている船は3隻ある。日本郵船の「飛鳥」、商船三井の「にっぽん丸」、日本クルーズ客船の「ぱしふぃっくびーなす」だ。それ以外に、チャーター船で世界一周をするピースボートがある。どの船も百数日で世界を一周する。
 ピースボートは年に3回ほど世界一周をしているが、他の3隻の世界一周は年に1回もしくは数年に1回だ。それ以外の時は近海クルーズや太平洋クルーズをしている。
 世界一周の費用に大きな差はない。ピースボートは他の船より多少安いが、極端に安いわけではない。もちろん、費用は船室のグレードで異なる。一番安い部屋だと、飛鳥が380万円、にっぽん丸が298万円、ぱしふぃっくびーなすが290万円だ。ピースボートの料金は、船室のグレードによって220万円から330万円だ。
 ピースボートは辻元清美が早稲田の学生時代に始めたクルーズで、左翼的な政治性のある船だという認識はあった。昔は社会党にシンパシーを感じていたこともあるが、すでに時代は変転している。今さら政治活動に関わる気はない。だから、ピースボートに乗るのはちょっと鬱陶しい気もした。
 ネットで過去の乗船者の手記などを拾い読みしてみると、次のような実態が見えてきた。

1.乗客は二十代の若者と退職後の中高年に大別され、人数は後者の方が多い。
2.平和活動に熱心な人やそのシンパもいるが、そんなことには無関心な人が大半。平和活動への参加の義務はない。
3.ボランティア・スタッフになると料金が割引になるので、低料金で世界一周をしたい若者が多く乗っている。
4.船室によって料金は異なるが、食事など他のサービスは平等(他の船だと、スイート客専用の食堂があったり、使えるデッキが異なるケースがある)
5.服装は自由(他の船はフォーマル、インフォーマル、カジュアルに分かれていて、フォーマル用のタキシード、カクテルドレスなども必要)
6.他の船と値段はあまり変わらないが、サービスの質や食事内容はよくない(ボランティア・スタッフを使っていることも一因か)。
7.ピースボートは他の船のように「世界一周」とは言わず、「地球一周」と言う。ある種のこだわりだろう。

 これらの情報をふまえてピースボートに乗ることを決めた。その理由は以下の通りだ。

1.同じ金を使うなら、ピースボートの高いランクの船室の方が、他の船の低いランクの船室よりはよさそうな気がする。
2.服装自由が気楽でいい。タキシードなど着たくない。
3.多少のサービスの悪さは我慢できるだろう。
4.出航時期2008年9月が好都合(私は2008年6月から自由の身になった)。他の船は2009年1月出航。

◎ピースボートとジャパングレイス、運航会社

 「ピースボート」はNGOの団体名で、船の名前ではない。私たちが申し込んだ「第63回ピースボート地球一周の船旅」で使用した船はクリッパー・パシフィック号である。
 このクルーズを実施しているのは、旅行業登録をしている株式会社ジャパングレイスで、旅行代金も同社に振り込んだ。同社はNGOであるピースボートが設立した株式会社のようだが、ピースボートとジャパングレイスの区分けはよく分からない。実態としては一つのものと見るべきだろう。クルーズのパンフレットには「coordinated by ピースボート」「旅行企画・実施 ㈱ジャパングレイス」とある。
 ピースボート、ジャパングレイスとは別に、船を所有し運航している船会社がある。私たちが乗船したクリッパー・パシフィック号の船会社はインターナショナル・シッピング・パートナーズという外国の会社だった。  船長や乗組員は船会社の人間だ。ホテル部門の人間も基本的には船会社の人間だが、一部ジャパングレイスの人間も関わっているようで、その区分けもよく分からなかった。レセプションにはジャパングレイスの人間と船会社の人間がいた。
 ピースボート、ジャパングレイス、船会社の関係が分かりにくいのは、このクルーズの問題点の一つだった。

◎出航前の遅延

 乗船を申し込んだ時点での第63回ピースボートの予定は、2008年8月28日出航、12月8日帰航だった。ところが、8月1日になって「出航が1週間延期になり、9月4日になります」との電話連絡があった。理由は「第62回クルーズ中の船に2.5センチの穴が見つかり、米国フロリダのドックで修理するので帰航が1週間遅れるため」とのことだった。
 3カ月以上のクルーズとなると準備も大変だ。大半の荷物は段ボールで事前に送ることになる。出航1週間前の8月27日、夫婦の荷物約10個を送り出した。
 その翌日の夕方「出航が9月4日から9月7日に延期になります」との電話連絡があり、あまりのずさんさに驚いた。長期の不在に備えて冷蔵庫の中は空に近い。荷物も発送済みだ。すでに気分は海の上になっている。出航延期によって帰港予定は12月18日になり、年末が忙しくなりそうだが、今さら旅行を取りやめるという決断はつかなかった。
 出航は9月7日正午。その前日はジャパングレイスが有料で手配した横浜のホテルに泊まった。朝、ホテルをチェックアウトしようとすると「出航が17時に延期になりました」との案内があり、げんなりした。
 出航当日、横浜在住の友人が大桟橋まで見送りに来てくれた。出航が17時に遅れたので、一緒に昼飯を食べたり散歩したりして時間をつぶした。私たちが乗船した後、彼はデッキに立つ私たちの写真を大桟橋から撮ってくれた。そして、出航を待たずに帰宅した。出航時間の遅延は、乗船者より見送りの人への大迷惑だったと思う。出航時間が遅延した理由の説明は、乗船前にも乗船後にもなかった。

◎ピースボートのスタッフ

 ピースボートには、ピースボートのスタッフとジャパングレイスのスタッフが乗船している。ジャパングレイスは船内サービスや寄港地ツアーを担当し、ピースボートが船内企画を担当している。どちらのスタッフも若い。
 ピースボートの責任者U氏は28歳だ。彼の肩書は「クルーズ・ディレクター」、「第63回ピースボート地球一周の船旅」の最高責任者のようであった。スキンヘッドの元暴走族で、演説を始める前や船内で人とすれ違うときに「こんにちはー」と大声であいさつする。最初のうちは元気な人だと思っていたが、やがて、そのわざとらしい大声が耳障りになってきた。
 ジャパングレイスの責任者H氏の年齢は知らないが30代前半に見えた。いつも、乗組員と同じような肩章のついた白い制服を着ていた。

 ピースボートのスタッフの多くはボランティアだ。CC(コミュニケーション・コーディネーター)と呼ばれる通訳が何人かいるが、ほとんどが学生(帰国子女?)で、みんな無報酬だそうだ。外国人講演者(水先案内人と呼ぶ)の講演の時などに、彼らが逐次通訳をするが、かなり稚拙な通訳だった。語学ができても一般教養が少々不足しているからだ。
 船内では有料の語学学校(英語、スペイン語)が開催されていて、ネイティブの教師が十人近く乗っていた。その教師たちもボランティアだ。
 ピースボートがいう「ボランティア」の意味が正確には分からないが、CCや語学教師たちは、無報酬だが乗船料も無料だったのかもしれない。
 そのような「専従のボランティア?」の他に、スタッフの仕事をすることの見返りに乗船料を割り引いてもらっている若者もいる。また、一般乗客として乗船した人でも、ピースボートの呼びかけに応じてスタッフの仕事に従事している若者や年配者もいた。
 だから、ピースボートでは乗客とスタッフの境界があいまいである。それがいいのだと感じている乗客もいるが、それが一般乗客へのサービス低下やホスピタリティ欠如の一因になっていたのだと思う。

 ジャパングレイスとピースボートはスタッフを融通しあっていた。寄港地のツアーはジャパングレイスの仕事であり、ツアーには添乗員がつく。本来、添乗員はツアーのプロのはずだが、人手不足のときはピースボートのスタッフが添乗員になる。また、現地で日本語ガイドが調達できなくて英語ガイドがついたときは、ピースボートのCCが通訳になる。そんなわけでツアーの質は低下する。

 エジプトのオーバーランドツアーに参加したとき、私たちのバスの添乗員はピースボートの若い愛嬌のあるスタッフだった。このオーバーランドツアーは、スエズ運河のかなり手前のサファガで下船し、スエズ運河を渡り終えたポートサイドで船に合流する。だから、スエズ運河を見ることはあきらめていた。
 ツアーの最終日、バスで街道を走っていると、右手に大きな船が見えたので驚いた。走るにしたがって次々に船が見えてくる。水面は見えないが大きな川が並行して流れているのだと思い、添乗員に「ナイル川ですか」と質問すると、「そうですね」という答えが返ってきた。
 帰船後、何気なく地図を眺めていて、私たちがバスで走った街道にスエズ運河が並行しているのに気づいた。ナイル川は全然違う場所を流れている。あれはスエズ運河だったのだ。そう言えば、熱心にビデオカメラを回している乗客もいた。普通の添乗員であれば「スエズ運河ですよ」と客の注意を促すのが当然だ。
 そんなわけで、私はせっかくスエズ運河を眺めていながら、その時にはそれと認識できなかった。ジャパングレイスのツアーにはこのようなお粗末な瑕疵が少なくない。

◎ピースボートの乗客

 第63回ピースボートの乗客数は約七百名だった。その内の約百名は「おりづる」と呼ばれる無料招待の原爆被爆者だった(「おりづる」については後述)。だから、一般乗客は約六百名だった。前回の第62回ピースボートの乗客数は九百名以上だったそうだから、今回はかなり減少している。後で考えると、第62回の船体トラブルが乗客減少の一因だったのだろうが、乗船のときには気づかなかった。
 ピースボートの乗客の半数以上は六十代以上の中高年だ。三カ月以上の船旅だから現役の職業人はほとんどいない。
 若者の大半は二十代の学生もしくは無職のモラトリアム人間だ。三十代の男性は少ないが、三十代の女性はかなりいる。彼女たちの多くは看護師だ。看護師は再就職が容易なので、退職して乗船しているのだ。四十代、五十代の乗客は少ない。
 私たちのように夫婦で乗船している客は意外と少ない。夫婦者は中高年乗客の二割以下だったと思う。大半の乗客は一人で乗船している。男女の数は同数ぐらいだ。「飛鳥」などは乗客の大半が夫婦者だそうだから、一人乗船の中高年が多いのはピースボートの特徴だろう。
 中高年乗客の中にはリピーターが多い。中高年乗客の三割がリピーターだとも聞いた。リピーターの中にはピースボートを「わが家」、乗客たちを「わが家族」と感じている人もいるようだ。
 そんな雰囲気がピースボートのサービスの質の悪さを見えにくくしている。ピースボートは乗客を「参加者」と呼ぶ。乗客の中にも「参加者意識」が高い人がいて、ジャパングレイスにクレームをつける人に対して「乗客面をして文句ばかり言う人がいる」などと筋違いの非難をする。「乗客」のつもりで高い金を払って乗船してきた人は戸惑うしかない。

◎老人ホーム+学園祭

 ピースボートの船内の雰囲気は、老人ホームと学園祭をゴチャ混ぜにしたようなものである。老人ホームと言っても大半は元気すぎる中高年だ。学園祭と言っても硬派の企画は少なく、素人の自己満足的な企画やテレビのおバカ番組を真似た企画が多い。
 また、クルーズの後半になって気づいたのだが、ピースボートは中高年の合コンの場でもあった。

 クリッパー・パシフィック号の後方にはフリースペースという共用のパノラマラウンジがあり、図書室も兼ねていた。私はこのラウンジの椅子を読書場所にしていた。本から目を上げると、いつでも広いガラス窓越しに180度の視界で水平線が見える。それが気持ちいいのだ。
 ただし、共用スペースなのでいろいろな人がいる。椅子の後方では年寄りたちが囲碁や将棋をしている。和室部分では詩吟のグループが朗々と吟詠している。その奥のドアから人が出入りするたびに、隣室のサロンでロックを奏でている若者の騒音が聞こえてくる。天井の上のデッキからは和太鼓の練習の音が響く。詩吟が終わると、交代したグループが賛美歌を歌い始める。別のコーナーでは南京玉すだれを練習している一団が「サテ、サテ、サテサテサテサテ……」と囃している。ホワイトボードの前ではおばさんが大声で若いスタッフと社交ダンス練習の日程取りの交渉をしている。どこからか「若く明るい歌声に……」と若くない中高年たちの合唱が聞こえてくる。
 こんなゴチャゴチャした環境の中で、ぼんやりと水平線を眺めていると、若者が定期的に訪問してくるリゾート地の老人ホームにいるような気分になってきた。

 ピースボートには半端でない年寄りも乗っている。杖をついてヨタヨタしているくせに結構元気な人もいる。出港のとき、最高齢乗客の紹介があった。92歳の男性で、しっかりしたスピーチもした。この人は出港から数週間後に船室で亡くなっているのが発見された。地球一周クルーズでは死亡者が出るのは日常茶飯事と聞いていたが、少し驚いた。船を死に場所と心得て乗ってくる老人もいるのだろうか。

       私のピースボート体験 (1) (2) (3) (4)

一般参加者と呼ばれて(私の妻のピースボート体験記)2009年01月24日

 ピースボート企画の「地球一周クルーズ、お一人さま百四十八万円から」と銘打ったポスターを見て、資料を取り寄せ、説明会に出席し、会社を退職した夫と、ツアー代金を含めて一千万円弱の代金を旅行会社ジャパングレイスに期日までに支払って、クリッパー・パシフィック号に乗船した。
 この船は、前回のクルーズで修理のため十日ばかり帰航が遅れ、そのため出発のスケジュールが二度にわたって延期された。クルーズが中止になるのではと心配して問い合わせたところ、ジャパングレイスは「キャンセルは出ていません。全く問題ありません」と断言した。
 出航当日、華やかなセレモニーで、百二名の被爆者が「おりづるプロジェクト」として招待されていると知った。事前の通知がなかったので驚いた。ずいぶん派手な事をする団体だと思ったが、団塊の世代なので、ノーモアヒロシマ大賛成、大いに結構とも思った。
 それが、船のエンジントラブルで寄港地での遅延が重なるに連れ、企画集客宣伝を担うピースボートと、旅行業を営むジャパングレイスに対する見解が一八〇度変わってきた。まず出航しない理由について明確な説明がない。誠実な対応がない。責任感がない。謝罪がない。寄港地で一日のばしにズルズルと遅延して、そのあげくピースボートが「船会社に抗議しましょう」と乗客の署名運動を展開するにいたって私の怒りは沸点に達した。
 ピースボートはNGOなので、営利活動をする会社としてジャパングレイスを立ち上げている。二者は表裏一体の関係にあり、スタッフ、職員の移動もあるし、関係者一同が役員を占める一身同体の組織なのだ。私たち乗客は、ピースボートの「平和活動や地雷撤去や貧困をなくそう」の宣伝に釣られて、ジャパングレイスにクルーズ代金を前払いで全額支払って乗船しているのであって、船会社に金を払っているわけではない。ピースボートが船の遅延を抗議する相手はジャパングレイスであって、船会社に抗議する署名運動は、巧妙な問題のすり替えだ。筋が違う。責任転嫁もはなはだしい。
 私は実写映画・アニメの企画製作、海外アニメの配給の映画会社を経営していたので、契約書の大切さも責任の取り方も、肝に銘じている。仕事をしていれば不測の事態など日常茶飯事だ。判断にミスや誤りがあれば軌道修正、ポカをやったらごめんなさい、と同時に、責任の取り方を考えてすばやく処理する。そうでなければ仕事なんかできない。
 結局、度重なる抗議を受けて、代替え船モナリザ号に移っての地球一周となった。暇人ばかりが乗船しているわけもなく、仕事や学業や病気の都合で、百名近い途中下船者を出して、地球一周の船旅百三日が百二十九日もかかってしまった。
 この不愉快な騒動と長いたるんだ航海は、しかし、ピースボートという組織の実体をくまなく見せてくれた。
 まず、平和・非核・憲法九条などを旗印に、寄港地での観光ツアーを目玉に、乗客とボランティアスタッフを募る。毎日発行される船内新聞には各種企画が目白押し。中でも水先案内人と称する他薦自薦の講師がノーギャラで参加する企画がピースボートの売りだ。この新聞には「参加者紹介コーナー」なるものがあり、私たち乗客はすべて「参加者」と呼ばれる。お友達感覚も仲良しクラブも時にはいいが、私たちは金を払った乗客だ。それなのに、騒音、異臭、設備の不備、トイレや排水の詰まり、シャワーがでない、テレビの故障……ありとあらゆる苦情に対して、誠実です早い対応がなされない。船のレセプションはホテルのフロントで、サービス業なのだ。ジャパングレイスの社員は、一体どういう社員教育を受けているのか、通常の企業では考えられないお粗末な対応だ。乗客の立場など考えない、規則をたてにとった無神経な対応……あきれるばかりだ。
 どういうわけか、乗客の中には「我々は参加者なのだ。乗客面して文句を言う奴が居る」と憤慨する者もいる。では一体ここはどういう世界なのだと自問する。
 船旅の醍醐味は食事とイベント、そして快適な毎日。ところが、今回のクルーズは前回のクルーズの悪評がたたってキャンセルが相次ぎ、しかも急遽被爆者百二名を無料招待したため、食事の質もイベントも、あらゆるサービスの質が低下した。そのうえ朝から晩まで自主企画という、幼稚園のお遊戯教室のようなものから、百歩譲って部活やクラブ活動のようなものまで、やれ文化祭だ、運動会だ、ハロウィン、クリスマス、収穫祭だとウルサイコト、ウルサイコト……。たまにはプロの芸を堪能してゆっくり船旅を楽しみたい。
 タダで乗るならピースボートにかぎる。この特殊な世界では、どんなに拙い芸でも拍手を浴びる事ができるので、いい気分になれる。出たがり屋、目立ちたがり屋にはこたえられない自主企画のオンパレード。自分探しの若者は、いともたやすくボランティアスタッフとして自己確認できる。若い女性がたくさん居て、老人にも絶えず挨拶してくれる。フリーハグと称して、抱きついてくれる企画まである。老いた男性にとってこんなにあり難い世界はない。陰で「動く老人ホーム」と呼ばれる所以である。過去に強制下船になった例があるという一人部屋での女性売春、老いも若きも恋人探しに夢中になり、不倫もあれば恋の鞘当もある。
 こんなどろどろとしたモラルもサービスもない船には、たとえタダでも二度と乗る気はないが……。
 ジャパングレイスに提出する要望書に名を連ねた。要望内容は「一、途中下船者(地球一周船旅の未遂行部分)に対する補償」、「二、旅行遅延に伴う精神的苦痛への対応」の検討。その結果「途中下船者には寄港地一箇所につき一万円」「一人三〇〇ドルの補償金」「二年以内、ご本人限定地球一周クルーズ限定使用の十二万円のクーポン」が出る事になった。だが受け取りには、今後一切文句を言いませんと言う但し書きがあるので、夫も私も辞退した。

第63回ピースボートの寄港地と日程(どのように遅延したのか)2009年01月24日

2008年 9月7日 横浜出航
2008年 9月13日 ダナン(ベトナム)入港
2008年 9月16日 ダナン(ベトナム)出港(※2日停泊予定が4日停泊)
2008年 9月19日 シンガポール入港
2008年 9月24日 シンガポール出港(※1日停泊予定が6日停泊)
2008年 9月29日 コーチン(インド)入港、同日出港
2008年 10月5日 マッサワ(エリトリア)入港、同日出港
2008年 10月8日 サファガ(エジプト)入港、翌日出港
2008年 10月10日ポートサイド(エジプト)入港、翌日出港
2008年 10月13日クサダシ(トルコ)入港、同日出港
2008年 10月14日イズミル(トルコ)に船体整備のため予定外の入港
2008年 10月28日イズミル(トルコ)出港(※停泊予定無しが15日停泊)
2008年 10月29日ピレウス(ギリシャ)入港
2008年 11月6日 ピレウス(ギリシャ)出港(※1日停泊予定が8日停泊)
2008年 11月8日 バレッタ(マルタ)入港、同日出港
2008年 11月9日 パレルモ(イタリア)入港、同日出港
2008年 11月11日バルセロナ(スペイン)入港、同日出港
2008年 11月15日ラスパルマス(スペイン)入港、同日出港
2008年 11月23日サントドミンゴ(ドミニカ)入港、同日出港
2008年 11月25日ラグアイラ(ベネズエラ)入港、翌日出港
2008年 11月29日クリストバル(パナマ)入港、翌日出港
2008年 12月4日 カヤオ(ペルー)入港、翌日出港
2008年 12月11日イースター島(チリ)入港、翌日出港
2008年 12月18日パペーテ(タヒチ)入港、同日出港
2008年 12月25日オークランド(ニュージランド)入港、同日出港
2008年 12月29日シドニー(オーストラリア)入港、翌日出港
2009年 1月4日 ラバウル(パプアニューギニア)入港、同日出港
2009年 1月8日 コロール(パラオ)入港、同日出港
2009年 1月13日 東京・晴海帰航

予定では2008年12月18日横浜帰航だったが、26日遅れて晴海に帰航。