視点転換で新鮮な景色を見せてくれる『ペルシア帝国』2023年06月05日

『ペルシア帝国』(青木健/講談社現代新書)
 2年前の刊行時に購入し、そのまま積んでいた新書をやっと読んだ。

 『ペルシア帝国』(青木健/講談社現代新書)

 青木氏の著書を読むのは『マニ教』に続いて2冊目である。随所に著者のツッコミや感慨吐露コメントを挿入した語り口は魅力的だ。

 だが、私にとって本書はさほど読みやすくはなかった。概説書とは言え、かなり細かい事柄に踏み込んでいる。私の知らない固有名詞が頻出する。私にはややレベルの高い概説書である。巻末の「補論 研究ガイド」などは、研究者の卵を対象にしているように見える。

 本書のいう「ペルシア帝国」とはハカーマニシュ朝(アケメネス朝)とサーサーン朝を指す。この二つの王朝に絞った概説である。

 本書は固有名詞を原音(だと思う)で表記している。私たちが慣れているギリシア語表記(だと思う)とはかなり違う。いくつか例示してみる。カッコ内がギリシア語だ。

 ハカーマニシュ朝(アケメネス朝)
 アルシャク朝(アルケサス朝)
 クールシュ2世(キュロス2世)
 カンブージヤ(カンビュセス)
 クシャヤールシャン(クセルクセス)
 ダーラヤワシュ(ダレイオス)
 テースィフォーン(クテシフォン)
 ・・・・・・

 研究者の世界では原音表記が原則なのだろう。西欧中心の見方を変えるのには賛同できる。だが、歴史書で常に固有名詞に悩まされている身には、やっと馴染んだ固有名詞が別表記になっていると混乱する。頭の中でいちいち変換しながら読み進めるのは難儀だ。とは言え、本書を読了する頃には少しだけ原音表記に慣れてきた。

 原音表記はペルシア帝国に関する固有名詞だけで、ハカーマニシュ朝を滅ぼしたあの大王は「アレクサンダー3世」と表記している。アレクサンドロスでもイスカンダルでもないのが面白い。

 本書が扱うハカーマニシュ朝とサーサーン朝は、高校世界史の教科書では4ページ足らず、それをじっくり1冊で解説している。私には未知の事柄ばかりで、驚くべき内容も随所にある(皇帝の親族大虐殺、マズダー教とゾロアスター教の違いなどなど)。

 ハカーマニシュ朝はアレクサンダーに滅ぼされ、サーサーン朝はアラブ(イスラム)に滅ぼされたと記憶していた。しかし、本書によれば事情は単純ではない。

 ハカーマニシュ朝はアレクサンダーに侵攻された頃にはすでにガタガタ、ダーラヤワシュ3世(ダレイオス3世)自身がはなはだ出自のあやしい人物だったそうだ。サーサーン朝もアラブが来る前にすでに死に体だったらしい。初めて知った。

 本書によってあらためて認識したのは、視点が変われば景色が変わるということだ。あたりまえかもしれない。だが、視点を変えるのはさほど容易ではない。

 よく考えると、私の頭の中でのペルシア帝国のイメージの大部分はギリシア・ローマ史、ビザンツ史、イスラム史のなかで形成されてきたと思う。

 ハカーマニシュ朝といえばギリシアとの戦争とアレクサンダーの征服が思い浮かぶ。サーサーン朝はローマ帝国やビザンツ帝国の東方をおびやかすライバルであり、正統カリフ時代のアラブに滅ぼされた帝国である。常に「相手方」のイメージなのだ。本書ではそれが逆転する。ギリシア、ローマ、ビザンツ、アラブなどが「相手方」になる。それも辺境の地の遠い存在である。新鮮な景色だ。

 ハカーマニシュ朝やサーサーン朝にとって、辺境の地の騒擾も大変ではあるが、内情のあれこれの方が重要である。本書を読んでいると、ご近所つきあいで表向きの外面しか知らなかった家庭に入り込んで、その内実を知ってしまった気分になる。どこの家庭も複雑な事情をかかえて大変だなあと思ってしまう。

 ペルシア帝国を身内に感じるられる歴史書である。

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