賢帝の本に続いて愚帝列伝を読んだ2021年10月05日

『ローマ帝国愚帝列伝』(新保良明/講談社選書メチエ)
 ローマの賢帝たちの本を読んだ勢いで、愚帝たちの本も読んだ。

 『ローマ帝国愚帝列伝』(新保良明/講談社選書メチエ)

 20年前ほど前に出た本である。本書が取り上げる愚帝は、カリグラ、ネロ、ドミティアヌス、コンモドゥス、カラカラ、エラガバルスの6人で、いずれも悪名高き皇帝たちだ。表紙には「残虐・淫蕩・放埓の果てに破滅した「愚帝」たち」という惹句が踊り、おどろおどろしい悪行紹介の本のように見える。

 確かに愚帝たちのあきれるほどの悪行の数々をイヤになるほど紹介している。だが、それだけではなく、アウグストゥス帝の紀元前後の時代から「3世紀の危機」までのローマ史の流れを要領よく概説していて、ローマ帝国の仕組みを明解に解説している。勉強になる史書である。

 本書が紹介する愚帝のなかで最もヘンな皇帝は、アントナン・アルトーが「戴冠せるアナーキスト」と「評価」したエラガバルスであり、次がカミュに戯曲のインスピレーションを提供したカリグラだろう。この二人に比べれば他の4人は比較的まともだ。

 最近、ネロが「実は名君だった」と再評価されているという記事を読んだことがある(朝日新聞 2021.7.25朝刊)。本書はネロ再評価に明には触れていないが、ドミティアヌスについては有能な皇帝と再評価されていると述べている。そして、悪帝・愚帝という評価はあくまで当時の上層民(元老院議員ら)にとって悪帝・愚帝だったということであり、民衆や兵士たちの評価は別だとしている。史書などの記録を残したのは上層民であり、著者は次のように述べている。

 《民衆や兵士といった名もなき民草は、議員と同じく時代の生き証人であっても、後世にまで事実を伝える語り部にはなりえず、その評価はやがて風化してしまう。これに対して、議員を主とする著作家のフィルターを通して描き出された悪しき皇帝像こそが命脈を保ち、定説化、常識化していく。》

 また、本書は愚帝が統治した時期でもローマ帝国が安泰だった理由にも踏み込んでいる。著者によれば、ローマの「官僚制なき政府」は「小さな政府」であり、実質的には末端の吏員や特務兵が帝国官僚を下から支えることで行政が機能していたそうだ。だから、帝国のてっぺんが愚帝でも何とかなったのである。

 もちろん、それは永続するシステムではない。

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