アルトーの『ヘリオガバルス』は奇行の愚帝礼賛の奇書2020年11月14日

『ヘリオガバルス:または戴冠せるアナーキスト』(アントナン・アルトー/多田智満子訳/白水社)
 ローマ史にはあまたの愚帝が登場する。なかでも印象深いのが、少年奇人皇帝エラガバルス(ヘリオガバルス)である。シリア生まれの太陽神の祭司が14歳で皇帝になり、東方(オリエント)の宗教・習俗をローマに持ち込み、奇行の果てに18歳で暗殺される。そのエラガバルスを描いた文学作品があると知り、ネット古書店で入手した。

 『ヘリオガバルス:または戴冠せるアナーキスト』(アントナン・アルトー/多田智満子訳/白水社)

 著者アルトーは1896年生まれの演劇家で1948年に51歳で没している。日本風に言えば大正から昭和前期にかけて活躍した人だ。私は本書で初めてこの著者を知った。てっきり戯曲と思って入手したら、「小説のシュルレアリスム」と銘打った小説だった。

 読み始めてすぐに面食らた。歴史小説というよりは評論で、その論旨が奔放奇怪なのである。超論理的、幻術的で衒学的でもある。論旨を追おうとしても頭がついて行けない。途中で投げ出したくなったが、齢を重ねた多少の忍耐力で読み進めているうちに少し面白くなってきた。論を弁ずる著者の特異な曲芸を鑑賞する気分になったのである。

 さほど厚くない本書の約半分を過ぎてから評伝風になり、やや読みやすくなる。読み終えて、ヘンテコなモノを読んだという感慨を抱くと同時に、著者がヘリオガバラスに託した熱い思いも感得した。著者は無軌道(アナーキー)な奇人求道者・叛逆者を礼賛しているのであり、そこには東方(オリエント)に仮託した西欧批判の側面もある。

 巻末の訳者の文章によれば、著者アルトーは「狂気と紙一重のところにいた(そして最後にはその紙一重を破ってしまった)人」だそうだ。訳者はヘリオガバルスについて「政治的にはろくな業績も残さず、死後直ちに元老院によって永遠の汚辱の烙印を押されたこの若すぎる皇帝は、ふしぎに或る種の人々の空想をかきたてるなにものかをもっているようだ。」と述べている。

 先月(2020.10.29)の日経新聞夕刊に掲載された麿赤児のエッセイもヘリオガバラスに言及していた。一目惚れした美貌の青年ダンサー(フランス人)のなかに皇帝ヘリオガバルスを幻視したそうだ。