マニ教はなぜ衰退したのか?2020年11月05日

『マニ教とゾロアスター教』(山本由美子/世界史リブレット/山川出版社)
  先日読んだ 『シルクロード世界史』(森安孝夫) で、21世紀になって多数のマニ教絵画が日本で発見されたことを知り、マニ教への関心がわき、書店の棚で見つけた次の小冊子を読んだ。

 『マニ教とゾロアスター教』(山本由美子/世界史リブレット/山川出版社)

 2017年発行の11刷だが1刷は1998年4月、20年以上前の冊子である。マニ教については、いろいろな宗教をごった混ぜにした宗教という大雑把なイメージしかなかったが、本書によってその概要が少しわかった。

 本書は、マニ教の母体であるゾロアスター教から書き起こしている。二元論であるゾロアスター教は、世界を「善の力」と「悪の力」の闘争状態と見なし、善をすすめ悪を否定している。そして、最後には救世主があらわれて「悪の力」が滅ぼされるとしている。このように単純化すると明解である。この救世主思想はその後の他の宗教(ユダヤ教、キリスト教など)に大きな影響を与えたそうだ。

 ゾロアスター教が国教であるサーサーン朝ペルシアで3世紀に生まれたのがマニ教で、創始者はマーニーである。マーニーはシャープフル一世に寵愛されるが、この王の死後、サーサーン朝帝国全域に拡大していたマニ教は迫害され、マーニーは獄死する。

 マニ教はゾロアスター教をベースにキリスト教や仏教の要素を取り入れた宗教であり、西方へも東方へも広がっていく。キリスト教の高名な教父アウグスティヌスも元はマニ教徒だった。地中海世界でのマニ教の隆盛について、著者は次のように述べている。

 「ローマ帝国がキリスト教を国教としなかったとしたら、マニ教が国教となっただろうといわれるほどであった。」

 東に広がったマニ教はウイグルの国教となり、唐の時代には長安や洛陽にマニ教寺院が建てられる。

 マニ教の特徴は他の宗教を取り込んで混淆していく点にある。宗教とは人間の思想的営為のひとつの形態であり、それが時代とともに変容し他の思想と混淆していくのは当然のことに思える。

 とは言え、その後マニ教は衰退し消滅する。著者は次のように述べている。

 「本来折衷主義的であったところから、自由な翻訳と翻案が許されたため、あまりに複雑になりすぎたことが、衰退の要因の一つだったのかもしれない。」

 むつかしいものである。