眉村卓が死の直前に脱稿した老境小説『その果てを知らず』2020年10月28日

『その果てを知らず』(眉村卓/講談社)
 昨年11月、眉村卓が85歳で亡くなった。訃報記事に「晩年も執筆を続け、遺作となった長編の結末を記したのは亡くなる数日前だった」とあった。逝去から約1年経った今月(2020年10月)、その遺作が出版された。早速入手して読んだ。

 『その果てを知らず』(眉村卓/講談社)

 回想と幻想が交錯する老境小説である。84歳の老作家・浦上映生が抗癌剤治療で入院しているシーンから始まる。この老作家のモデルはもちろん眉村卓である。小説では浦上映生の作家像を次のように描写している。

 「大相撲の番付で言うと、関取前後、幕下上位と十両を行き来している感じである。もっとも、書いてきたのが世間的には傍流扱いされがちなSF・ファンタジーの類の(変な言い方だが)フシギ系物語であり、それも近年は内心の欲求が変わってきたせいでSF的要素も希薄になっているから、ろくに評価されなくてもやむを得ないかもしれない。」

 やや謙遜した最晩年の自己規定である。この小説は、そんな作家が書き下ろした最後の「フシギ系物語」だ。

 眉村卓の半自伝的フシギ系物語には、30年以上前に発表した『夕焼けの回転木馬』があり、あの小説にはデビュー直前の作者の姿が投影されていた。『その果てを知らず』にはデビュー前後の作者の様子がかなり詳しく描かれている。人名、作品名、出版社名、雑誌名などは実名ではないが、オールドSFファンにすべてが容易に推測でき、回顧録を読む気分で楽しめた。と言っても、事実めかした記述にも虚構が入り込んでいそうだ。老境の回想の赴く先がデビュー前後の切迫した濃密な時間になるのはよくわかる。

 この小説には、浦上映生の現況と回想に加えて、浦上映生が現在進行形で書き上げた掌編小説が織り込まれている。その全体が渾然一体となってフシギ系の異世界になっていく。幻想譚とは言え、体の自由が利かなくなった老いの様子は身につまされるし、死が近いと自覚する老境は推し量りがたい。しかし、小説のトーンは暗くない。自身の現況を突き放し、突き抜けたような清々しさがある。

 死の数日前にこんな小説を脱稿した作者は、おのれの人生に満足して旅立ったと思う。先の新聞記事によれば、この長編の結末を記したとき、作家は「これでええ」とつぶやいたそうだ。

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