96歳で逝去した外山滋比古氏は手品師のような文章家2020年08月07日

朝日新聞記事、『伝達の美学:「受け手」の可能性』(外山滋比古/三省堂/1973.3)
 外山滋比古氏が96歳で亡くなった。多くの本を書いた人である。わが書架には外山氏の著書が13冊並んでいる。その多くは四十代の頃(20年以上昔)に続けて読んだもので、読後感はぼやけて融合している。だが、二十代のはじめに読んだ次の本の印象は鮮明に残っている。

 『伝達の美学:「受け手」の可能性』(外山滋比古/三省堂/1973.3)

 これは、私が初めて読んだ外山氏の著作で、私にとっては「思い出の本」である。
 
 当時(1974年)、私は会社員だった。入社2年目の私に「新聞広告に関する20枚の論文を書け」との業務命令があった。業界団体の懸賞論文に若手が順繰りで応募させられるのである。「情報産業」という言葉に眩さがあった時代で、学生気分を多少引きずっていた私は、少し背伸びして俄か仕込みで情報環境論の文献をあさり、それをベースに論文をデッチ上げようとした。しかし、頭の中は混迷を深めるばかりで一向にまとまらない。

 そんな時に出会ったのが『伝達の美学』である。本書を読んで、一気に目の前が開け、私の書きたいことが見えた。おかげで、本書を援用して何とか論文を仕上げることができた。選考結果は「佳作」というギリギリのお情け点だった。

 本書は、情報の「受け手」の創造性に着目し、近代文化が経験するこのなかった受け手社会が出現する可能性を論じている。外山氏の語り口は平明で明快だが、その論旨は易しくはない。私も十全に理解できたわけではない。

 後日、外山氏の初期の著者『近代読者論』『修辞的残像』などを読み、『伝達の美学』の背景にある思想を知ったが、それでもやはり難しい。250万部のベストセラー『思考の整理学』にしても、すらすらと読めるエッセイでありながら、かなり抽象度の高い難解な本に思える。

 外山氏は、かなり難しい抽象的な事を平明・軽妙に語ることができる手品師のような文章家だったと思う。

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