岡山文庫の『吉備真備の世界』は読みやすくて面白い2020年08月03日

『吉備真備の世界』(中山薫/岡山文庫/日本文教出版/2001.2)
 私は岡山県出身なので「岡山文庫」は昔から知っている。岡山の出版社(岡山県教職員組合の外郭団体)が刊行している岡山テーマの文庫である。この「岡山文庫」に吉備真備に関する本があると知り、さっさく入手して読んだ。

 『吉備真備の世界』(中山薫/岡山文庫/日本文教出版/2001.2)

 この本がめっぽう面白く、勉強になった。コンパクトだが濃い。私としては吉備真備本の決定版である。

 私は、吉備真備が岡山ゆかりの人物だから関心があるのではない。遣唐使船で玄昉とともに平城京に来た胡人(ソグド人)を描いた松本清張の小説『眩人』を読んだのを契機に、玄昉と行動をともにしていた吉備真備が気がかりな存在になったのである。

 本書の著者は県立高校に38年間勤務したのち、岡山大学の非常勤講師を務めた研究者である。吉備真備ゆかりの真備町在住で、真備町教育委員長も務めたそうだ。本書は偏狭な郷土贔屓目線の偉人伝などではない。全国区レベルあるいは世界史レベルで冷静に吉備真備を描いている。

 一般向けの本なので読みやすくてわかりやすい。しかも、かなり深い。読みやすいのは、引用史料を現代文に読み下しているからである。その点について、著者は「あとがき」で次のように述べている。

 「読み下しには、筆者の独断的解釈を避けるように努めたが、読み下し自体、筆者の解釈が入るものである。出来れば原典に当たり、筆者の読み下し文そのものも批判的にお読みいただければ筆者にとって、この上ない幸いである。」

 好感のもてる述懐で、「原典に当たり」という語句に著者の思いが感じられる。著者は本書において、研究者たちが「原典に当たる」ことを怠って孫引きなどで「誤り」を拡散させている状況を憂いているからである。

 本書の直前に人物叢書の『吉備真備』(宮田俊彦)を読んでいたのは正解だった。著者・中山薫氏は『吉備真備』(宮田俊彦)を「現在、吉備真備研究では最も権威ある著作」として、宮田氏の見解を随所で紹介している。だが全般的には、中山氏は宮田氏に批判的である(宮田氏は本書刊行以前に没している)。宮田氏の記述の誤りをいくつか指摘し、宮田氏の見解への異論も展開している。そんな箇所を興味深く読めたのは、宮田氏と中山氏の著作を続けて読んだからである。

 宮田氏の見解への中山氏の異論の一つは、大宰府に左遷された真備が遣唐副使に任命された理由である。宮田氏は、高齢の真備が船旅で発病することを期する藤原仲麻呂の下心があったのでは、と推測している。中山氏は、この遣唐使には重要な任務があったため、仲麻呂は余人をもって代えがたい真備を「しぶしぶ追加任命した」のでは、と推測している。

 また、大宰府の真備が70歳にして造東大寺長官として都に復帰(復権)した件について、この人事を決めた人物を、宮田氏は孝謙天皇とし、中山氏は藤原仲麻呂としている。宮田氏の見解は常識的で理解しやすい。中山氏の見解は、仲麻呂が真備を取り込もうとして都に呼び戻したが、上洛した真備は政界の底流を見て仲麻呂に与することの危険を察した、というものである。

 私は門外漢なので研究者たちの見解を評価することはできない。だが、本書を読む限りでは著者・中山氏の見解に説得力を感じた。

 本書は史料をベースに真備の生涯を検討しているだけでなく、史実とは別物の説話や伝説も史料として紹介し、後世、真備がどう見られてきたかを辿っていて、この部分も面白い。著者自身は真備の人物評には控えめだが、折々の真備の心情を推測した表現があり、おのずと真備の人物像が浮かび上がってくる。

 本書の「はしがき」では、真備が留学した時代の長安にはキリスト教(ネストリウス派)、ゾロアスター教、マニ教などが存在したと紹介し、真備は国際都市・長安で政治、経済、文化、人間の多様性を学んだはずだと推測している。非常に興味深い話で、この推測に呼応した本文の展開を期待したが、残念ながら、それはなかった。直接史料が存在しないからだろう。