村上龍の新作『MISSING 失われているもの』は過激な想像力が現実を覆う小説 ― 2020年06月15日
今年(2020年)3月に出た村上龍の新作は、従来の作品とはガラリと作風が変わっていた。
『MISSING 失われているもの』(村上龍/新潮社)
オビには「こんな小説を書いたのは初めてで、もう二度と書けないだろう」という作者のコメントと思しき言葉がある。
この小説の語り手は限りなく作者に近い「成功した小説家」である。私小説風と言えるかもしれないが、全編幻想的な心象風景で、現実の世界が架空の世界に絡み取られていくような内容である。現実の世界を過激にデフォルメしてアクチュアルに提示する小説から一変しているようにも見えるが、やはりこれも村上龍ワールドだ。
この架空の世界について、次のような記述がある。
「わたしは、自ら望んで、混乱と不安しかない世界に迷い込んだ。なぜそんなことをしたのか。必要だったのか。なぜ必要だったのか。」
「わたし」は小説家なので「過激な想像力が現実を覆ってしまう世界」にいる――そのことを端的に想像力豊かに表現したのがこの小説だと思える。
小説の各章のタイトルは古い日本映画の題名になっている。次のような映画である。
『浮雲』(監督:成瀬巳喜男、1955年)
『東京物語』(監督:小津安二郎、1953年)
『しとやかな獣』(監督:川島雄三、1962年)
『乱れる』(監督:成瀬巳喜男、1964年)
『娘・妻・母』(監督:成瀬巳喜男、1960年)
『女の中にいる他人』(監督:成瀬巳喜男、1966年)
『放浪記』(監督:成瀬巳喜男、1962年)
私は『東京物語』以外は観ていないので、映画タイトルを章のタイトルにした意味を十分には把握できていない。小説の中で映画タイトルに具体的に言及しているのは『浮雲』だけだが、映画の内容を想起させる表現はいつかある。
この小説を読んでいて、観客が一人だけの映画館で、くり返し上演される古い映画をぼんやりと眺めながら、自分の頭の中に架空の世界が紡ぎ出されていく感じがした。映画のストーリーを追っているのではなく、脈略のない多様な場面をパノラマ視している気分である。
なお「MISSING 失われているもの」とは、作家の頭の中に堆積されているさまざまな「記憶」を指しているようだ。
『MISSING 失われているもの』(村上龍/新潮社)
オビには「こんな小説を書いたのは初めてで、もう二度と書けないだろう」という作者のコメントと思しき言葉がある。
この小説の語り手は限りなく作者に近い「成功した小説家」である。私小説風と言えるかもしれないが、全編幻想的な心象風景で、現実の世界が架空の世界に絡み取られていくような内容である。現実の世界を過激にデフォルメしてアクチュアルに提示する小説から一変しているようにも見えるが、やはりこれも村上龍ワールドだ。
この架空の世界について、次のような記述がある。
「わたしは、自ら望んで、混乱と不安しかない世界に迷い込んだ。なぜそんなことをしたのか。必要だったのか。なぜ必要だったのか。」
「わたし」は小説家なので「過激な想像力が現実を覆ってしまう世界」にいる――そのことを端的に想像力豊かに表現したのがこの小説だと思える。
小説の各章のタイトルは古い日本映画の題名になっている。次のような映画である。
『浮雲』(監督:成瀬巳喜男、1955年)
『東京物語』(監督:小津安二郎、1953年)
『しとやかな獣』(監督:川島雄三、1962年)
『乱れる』(監督:成瀬巳喜男、1964年)
『娘・妻・母』(監督:成瀬巳喜男、1960年)
『女の中にいる他人』(監督:成瀬巳喜男、1966年)
『放浪記』(監督:成瀬巳喜男、1962年)
私は『東京物語』以外は観ていないので、映画タイトルを章のタイトルにした意味を十分には把握できていない。小説の中で映画タイトルに具体的に言及しているのは『浮雲』だけだが、映画の内容を想起させる表現はいつかある。
この小説を読んでいて、観客が一人だけの映画館で、くり返し上演される古い映画をぼんやりと眺めながら、自分の頭の中に架空の世界が紡ぎ出されていく感じがした。映画のストーリーを追っているのではなく、脈略のない多様な場面をパノラマ視している気分である。
なお「MISSING 失われているもの」とは、作家の頭の中に堆積されているさまざまな「記憶」を指しているようだ。
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