知らない業界を覗き見した気分になる『文学部をめぐる病い』2020年05月26日

『文学部をめぐる病い:教養主義・ナチス・旧制高校』(高田里惠子/松籟社)
 昨年夏に読んだ『ヒトラーの時代』(池内紀/中公新書/本書刊行直後、著者逝去。多数の誤記があり、増刷されていない。残念)に次のような指摘があった。

 (ナチスの時代のキワ物本の多くが日本で翻訳出版されていたのは)「戦後は民主的文化人として知られたドイツ文学者たちが、戦中はナチス・ドイツに入れあげて、せっせと訳していたからである」

 このドイツ文学者が誰を指しているの気になって調べ、発見したのが2001年刊行の次の本だった。

 『文学部をめぐる病い:教養主義・ナチス・旧制高校』(高田里惠子/松籟社)

  著者は1958年生まれ、東大大学院でドイツ文学を専攻した桃山学院大学助教授(当時)、独文学者の学術レポートに近い内容の本である。

 サブタイトルの「教養主義・ナチス・旧制高校」が本書のテーマである。各章の冒頭付記が面白いので、それを【 】にして目次を紹介する。

 文学部をめぐる病い【カルテ】
 【自覚症状】まず、何が問題なのか
 【病歴】大政翼賛会文化部と第一高等学校
 【病原】さらば、東京帝国大学
 【自己診断】高学歴者の悲哀
 【症例】学校小説としての『ビルマの竪琴』
 【伝染】『車輪の下』、あるいは男の証明
 【余病】中野孝次、カフカから清貧へ

 この目次を見ると本書のおよその雰囲気がわかると思う。本書全体の主役は高橋健二であり、東大独文科出身の研究者(翻訳家)たちである。目次にある竹山道雄(『ビルマの竪琴』の著者、一高教授)や中野孝次は脇役である。池内紀が『ヒトラーの時代』で指摘した「戦後は民主的文化人として知られたドイツ文学者」は高橋健二を指しているように思える。

 高橋健二はヘッセやケストナーを翻訳・紹介したドイツ文学者で、リベラルな戦後民主主義者のイメージがあるが、戦前・戦中はナチス関連の本を翻訳しナチス賞賛の論説も書いていたそうだ。大政翼賛会文化部長を務め、戦後は一時公職追放になっている。大学教授に復帰してからは日本ペンクラブ会長も務めている。
 
 この人物は、ファシズム礼賛者が戦後になって民主主義者に「転向」したわけではなく、戦前から自由主義者の教師で、ナチスが忌避したヘッセとは戦前から親交があり、戦前も戦後も一貫してヘッセの翻訳・紹介者だったのである。著者はその「柔軟性」「いい加減さ」の由縁をエリート校の「文学部をめぐる病い」として剔出しようとしている。

 私には少々わかりにくい論考ではあるが、随所に諧謔的表現がおりこまれていて楽しく読めた。門外漢の私には無縁のドイツ文学研究者業界の様子を覗き見した気分になり、面白い世界だと思った。

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