日中戦争の頃の『キング』を入手した2020年04月30日

『キング 昭和12年12月號』(大日本雄辯會講談社
 2週間ほど前に『『キング』の時代:国民大衆雑誌の公共性』(佐藤卓己/岩波現代文庫)を読み、1冊だけでも『キング』の実物を見たいと思い、ネット古書店を検索した。戦前発行のものはどれも安くない。一番安いのを注文すると「倉庫を探したのですが、いくら探しても見つからず、調べたら大分前に売れてました」との返事がきた。仕方なく、その次に安いのを注文し、次の1冊を入手した。

 『キング 昭和12年12月號』(大日本雄辯會講談社)

 1937年(昭和12年)は日中戦争勃発の年で、『キング』の発行部数は110万部を超えている。『昭和12年12月號』は、この雑誌の最盛期の1冊と言っていいと思う。残念ながら挟込附録「上海南京地方明細地圖」は失われているが、綴込附録「國民精神總動員大特輯」88頁+本文634頁で、かなり分厚い。カラー写真4頁、モノクロのグラビア30頁、2色刷漫画が16頁、本文のほとんどの頁に挿絵やカットあるいは写真が入っている。漢字にはすべてルビを振っている。読みやすそうな雑誌である。

 時局記事と連載小説が中心で、漫画、小話、豆知識なども多く散りばめられている。少し以前の『文藝春秋』と『オール讀物』を足したよう雑誌だなと思ったが、この2誌は『キング』より古いので、当時の2誌がどんな雑誌だったのかはよくわからない。

 『キング 昭和12年12月號』めくって感じたのは、戦時色一色だということだ。太平洋戦争開戦の4年前ではあるが、1937年(昭和12年)7月には盧溝橋事件で日中戦争が始まり、この雑誌が出た時期は戦線がどんどん拡大している。

 冒頭のカラー頁は、赤ん坊をおぶった母親が出征する若い夫を見送る写真で、キャプションンには「行く先は朔風骨に沁む北支か、それとも迫撃砲の吠ゆる上海か、やがて此の勇士の名も新聞に出ることであろう」とある。グラビア頁はすべて「支那事變大畫報」という特集で、戦闘や兵士の写真が満載、本文記事も「支那事變大特輯」が65頁、漫画も「支那事變」を題材にしたものが多い。

 綴込附録「國民精神總動員大特輯」(88頁)は近衛首相はじめ大臣や政務次官などのメッセージ集である。近衛首相は冒頭で「吾々の不擴大方針が支那政府の不誠意に依りまして顧られず、北支事變が遂に支那事變となり、支那の排日分子に對して茲に全面的且積極的なる膺懲を必要とするに至りましたることは諸君己に御承知の通りであります」と述べている。この特集でメッセージを発してる要人には、戦後の政界で活躍した賀屋興宣(大蔵大臣)、灘尾弘吉(内務省課長)、清瀬一郎(衆議院議員)などもいる。戦前と戦後の連続性を感じた。

 戦争の勇ましい記事が多いが、この雑誌のメインは連載小説である。錚々たる執筆陣による連載が12本、他に読み切りが7本ある。大衆雑誌とは言え700頁以上のこの雑誌を毎月読むとすれば、それなりの読書時間を要するだろう。あまり本を読まなくなったと言われる現代の若者よりは、戦前の「大衆」の方が活字に親しんでいたと思える。

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