かつて『キング』という国民大衆雑誌があった2020年04月19日

『『キング』の時代:国民大衆雑誌の公共性』(佐藤卓己/岩波現代文庫)
 戦前、発行部数100万部を超える『キング』という大衆雑誌があった。その雑誌を題材に戦前の社会とメディアを論じた次の本を読んだ。

 『『キング』の時代:国民大衆雑誌の公共性』(佐藤卓己/岩波現代文庫)

 本書は2002年に岩波書店から刊行された研究書で、今年(2020年)1月に文庫版が出た。

 『キング』は、大正末の1924年11月創刊で、昭和の初めには150万部を超え、戦後も継続して刊行されたが、1957年に廃刊になっている。戦後の1948年生まれの私は『キング』の実物を見たことはない。

 私がこの雑誌に興味をもったのは、今年はじめにダンヌンツイオの伝記を読み、彼と行動を共にした日本人詩人・下位春吉の名を知ったのがきっかけである。この日本人に興味をもち、古書で入手した『下位春吉氏熱血熱涙の大演説』という冊子が『キング』の附録だった。新書本のような冊子を附録にする『キング』という雑誌の凄さを感じているとき、新聞の書籍広告でこの岩波現代文庫を目にし、本書を読みたくなった。

 本書は「国民大衆雑誌の公共性」というサブタイトルが示すように、『キング』を社会学的、歴史学的に考察していて、大日本雄辯會講談社の創業者である野間清治というアクの強い人物の評伝にもなっている。とても面白い。

 私にとって講談社という出版社は小学生の頃に愛読した『少年少女世界文学全集』の発行元であり、大学生になっても読んでいた『少年マガジン』の出版社である。その講談社は昔は大日本雄辯會講談社という大仰な名だった。古書で読んだ『ヒットラー傳』『ムッソリーニ傳』の版元がこの出版社で、その巻末には雑誌や書籍のテンションの高い広告が何ページかあり、そこに独特の面白さを感じた。

 本書によって、私が戦前の講談社にいだいていた漠然としたイメージがクリアになると共に、私には未知の戦前のメディア事情を知ることができた。また、「国民」「大衆」と呼ばれるものの形成や実態に関する考察は刺激的で、大いに考えさせられた。

 「雑誌王」「民間の文部大臣」とも呼ばれた野間清治は高等小学校訓導、帝大書記を経て出版事業を立ち上げる。当初は硬派の「為になる」大日本雄辯會と軟派の「面白い」講談社に分かれていたが、1924年の『キング』創刊を機に両者を合体して社名を大日本雄辯會講談社にしたそうだ。「面白くて為になる」が同社のキャッチフレーズである。戦後、『キング』廃刊のとき、社名は大日本雄辯會講談社から講談社に変わっている。『キング』の歴史は大日本雄辯會講談社の歴史である。

 「岩波文化vs講談社文化」つまり知識人の高踏的文化と大衆の娯楽的文化の対立ということが語られたりするが、本書はそれを対立するものと見るのではなく補完しあう同様のものと見なし、そのうえでメディア状況を考察している。「大衆」の台頭や「国民」の形成を「草の根ファシズム」などの切り口で捉える興味深い論考である。

 本書の巻末には若い歴史学者・與那覇潤氏の「解題『キング』の亡霊たち」と題する解説が載っていて、これも刺激的な内容だった。ネットが普及した現代において、本書が論じているようなメディアと政治・社会に関する考察はより切実な課題になっている。

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