マクニールの『疫病と世界史』は目から鱗の本だ2020年04月14日

『疫病と世界史(上)(下)』(W・H・マクニール/佐々木昭夫訳/中公文庫)
 時節がら書店の店頭には先日読んだ『感染症の世界史』(石弘之)に並んで、似たタイトルの次の本も積まれている。これも購入して読んだ。

 『疫病と世界史(上)(下)』(W・H・マクニール/佐々木昭夫訳/中公文庫)

 マクニールは2016年に98歳で亡くなった歴史学者で、その著書『世界史』は気になる本だが未読である。本書の原著は1976年の刊行で、1997年に「序」が書き加えられている。私の読んだ文庫本は、新型コロナ騒動下の2020年3月30日に増刷されたものである。

 この歴史書はとても面白い。ジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』に似た壮大さがあり、テーマはより明快である。単に疫病という切り口で世界史を語っているのではなく、疫病をきちんと視野に入れなければ世界史の実態は見えてこないとの立場で歴史変動を検証している。目から鱗が落ちる本である。

 著者は「ミクロ寄生」「マクロ寄生」という用語を駆使して歴史を語っている。「ミクロ寄生」とはウイルスや細菌の寄生で、いわゆる疫病である。「マクロ寄生」という言葉がユニークで、支配者による農民の収奪、戦争や侵略などを表し、いわば社会的な寄生だが、たんなる比喩以上の意味付けがあり、人類の文明を表していると思える。「ミクロ寄生」と「マクロ寄生」を並列的に記述することで、文明と疫病との切っても切れない運命的関係を語っている。

 疫病は狩猟時代から現代まで常に人類と共にあったが、その記録は断片的にしか残っていない。主に文献史料にたよって歴史を記述すると、疫病が歴史変動に及ぼした役割を過少評価することになると著者は主張している。そして、少ない史料を元に現在の知見をベースに大胆な仮説をいくつも展開している。実に面白い。

 スペイン人が少人数で中南米を征服できたのは銃のおかげだけではなく、原住民には免疫のない疫病が彼らを弱体化させた……という話は知っていたが、本書の解説は実に明晰で、あらためて疫病のこわさを知った。著者はそれを「細菌兵器」とも表現している。これがメインの兵器で、銃で征服できたわけではないのである。

 ユーラシア大陸の大部分を席巻したモンゴルが短期間で撤退・衰退したのも疫病なしでは説明できない。大きな歴史変動の多くは疫病によって引き起こされたという話に、私は納得した。

 著者は、ヨーロッパ、北米南米、アジア、アフリカ、中国など広範な地域の歴史を疫病をベースに語っていて、日本に関する記述もかなりある。特に、人口変動に関する話で、日本の人口が18世紀から19世紀半ばまで停滞したことに触れているのは興味深い。日本の人口が江戸時代に増減しなかったことは知っていたが、同じ時期に中国やヨーロッパでは人口がかなり増加していて、日本が例外だとは知らなかった。疫病は人口の増減に大きな影響を及ぼすことがあるが、著者はこの時期の日本の人口停滞の原因を「嬰児殺しが広く行われた」としている。何かで検証してみたいと思った。

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