「ロンメル」という「英雄」の実像にアプローチする面白さ2019年09月14日

『「砂漠の狐」ロンメル:ヒトラーの将軍の栄光と悲惨』(大木毅/角川新書)
 先日読んだ『独ソ戦』(岩波新書)の著者・大木毅氏は今年3月に次の新書も出している。

 『「砂漠の狐」ロンメル:ヒトラーの将軍の栄光と悲惨』(大木毅/角川新書)

 『独ソ戦』が面白かったので『ロンメル』も読んだ。この2冊、記述の構造が似ている。一般の日本人の「独ソ戦」や「ロンメル」に関する知識が1970~1980年代の理解に留まっていることを懸念し、最新の研究成果紹介をふまえた概説書になっている。

 ロンメルは最もポピュラーな第二次大戦のドイツ軍人である。私は中学生の頃に「砂漠の狐・ロンメル」を知ったが、詳しいことは知らないまま半世紀以上が経過した。ヒトラーやナチズム関連の本で得たロンメルのイメージは次の2点だけである。

 ・アフリカ戦線で英国軍を翻弄した優秀な将軍だったが結局は敗退した。
 ・ヒトラー暗殺への関与が疑われ自殺を強いられ、引替えに「国葬」になった。

 本書によってロンメルの実像をある程度つかむことができ、「英雄」の等身大の姿に面白さを感じた。著者は軍人としてのロンメルの能力を次のように評価している。

 「勇猛果敢、戦術的センスに富み、下級指揮官としては申し分なかった。さりながら、昇進し、作戦的・戦略的な知識や経験が要求されるにつれ、その能力は限界を示しはじめた(…)軍・軍集団司令官にはふさわしくない短所が目立ってきたのである。」

 ロンメルは当時のドイツでは有名な英雄だった。その背景には、ロンメル自身に自己宣伝の要素があり、宣伝大臣ゲッベルスが国民の士気高揚のためにロンメルを実際以上の名将として英雄に祭り上げたという事情があったそうだ。

 どこの世界にも、いつの時代にもありそうな話である。おそらく、ロンメル自身も自分は名将だと思っていたはずである。

 ロンメルはプロイセン出身ではなく、幼年学校、士官学校、陸軍大学校というキャリアを歩んでいない。軍人としての経歴は傍流だが、第一次大戦では指揮官として大きな活躍をし、戦後は自身の体験をふまえた戦術教科書『歩兵は攻撃する』を執筆、ベストセラーになっている。

 ヒトラー政権になり、ロンメルはヒトラーの寵愛を受けて出世していく。伍長から総統になったヒトラーが、国防軍のエリートよりロンメルを寵愛した心理はよくわかる。

 アフリカ戦線の末期、撤退を決意したロンメルに対してヒトラーは死守命令を発する。その頃からロンメルのヒトラーへの不信が強まる。

 ロンメルがヒトラー暗殺に関与していたか否かについては、いまだに結論は出ていないそうだ。本書では、ロンメルが「総統は殺されねばならない」と言明していた可能性は高いとしている。

 また著者は、ロンメルには「戦士として、闘争の対手を尊重する美点」があったと述べている。捕虜になったフランス軍人や亡命ドイツ人を射殺せよとの命令は無視したそうだ。骨のある人だったようだ。人格と自己宣伝は両立するのかもしれない。

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