映画『カンゾー先生』で大煙突の記憶が蘇る2019年02月27日

 私が15歳までを過ごした岡山県玉野市の日比が登場する小説『始祖鳥記』(飯嶋和一) の読後感をブログに書いたところ、それを読んでくださった方から、日比が舞台の映画『カンゾー先生』を紹介された。

 この映画が日比を舞台にしていると、かなり以前に聞いていたが、観る機会を逸したまま忘れていた。ブログにコメントをいただいたのを機に、中古DVDを入手して『カンゾー先生』(原作:坂口安吾、監督:今村昌平)を観た。31年前の映画である。

 主演は柄本明で、麻生久美子、松坂慶子、唐十郎、世良公則などが出演している。当然ながら、いま観ると役者がみな若い。舞台は終戦直前の日比、開業医「カンゾー先生」の話である。滑稽譚と思っていたが、滑稽譚を超えた味わい深い映画だった。

 原作の舞台は伊東、それを映画では日比に変えている。だが、ロケ地は日比ではなく牛窓(瀬戸内市)である。さほど有名でもない日比を映画の舞台にした理由はよくわからない。

 映画の冒頭は米軍の空襲パイロットのシーンである。大煙突がある日比の精錬所の上空に来るが、連合軍捕虜が精錬所で働かされているとの情報があって空襲は断念する。上空から見た大煙突や精錬所の映像に引き込まれた。

 私は大煙突を毎日眺めながら幼少期を過ごした。精錬所は私の父の職場だった。だから、映画の冒頭シーンに懐かしさを感じた。映画は戦時中の話で、私が知っているのは戦後復興期の情景だから時間差がある。それにしても、よく眺めると、映画の情景は私の知っている大煙突や精錬所ではない。ロケ地が日比でないのだから当然なのだが…。

 日比の大煙突は山頂にあり、東洋一の煙突だと聞かされていた(私の幼少期には「東洋一」という表現が多かった)。子供の頃は煙突山に登って大煙突を真下から見上げたものだ。大煙突の周辺は遊び場のひとつだった。山麓の精錬所と山頂の大煙突の間には大蛇のような煙道があったが、映画ではそれがない。だから、映画の大煙突は私の知っている大煙突とは別物に見えた。

 十数年前、故郷に行ったとき、まだ大煙突は山頂にあったが煙は出てなかった。少し離れた脇に赤白模様のやや近代的でスマートな煙突が建っていた。あの赤白煙突のせいで大煙突が映画のロケに使われなかったのだろうか。