『始祖鳥記』の空飛ぶ表具屋は、わが故郷の人だった2019年02月14日

『始祖鳥記』(飯嶋和一/小学館文庫)
 私が岡山県出身と知っている友人から次の小説を紹介された。

 『始祖鳥記』(飯嶋和一/小学館文庫)

 鳥人幸吉の話だという。江戸時代の岡山に羽根をつけて橋の上から飛んだ幸吉という人物がいたと子供の頃に聞いたことはある。詳しいことは知らない。筒井康隆氏に『空飛ぶ表具屋』という短編があるが、羽根をつけて橋から飛んだ男の話が長編になるのだろうかといぶかしく思いながら読み始めた。

 読み始めてびっくりした。私が生まれ育った地域のマイナーな地名が次々に出てくるのだ。

 私は岡山県玉野市の日比という地区で生まれ、中学卒業までそこで過ごした。玉野市は造船所と精錬所の企業城下町で、父は後者に勤務していて、わが家は社宅住まいだった。私が中学卒業の頃に父が東京に転勤になり、玉野市は遠い存在になった。

 本書には八浜、宇野、日比、田井、金甲山などの地名が出てくる。いずれも私が子供の頃になれ親しんでいた玉野市内の地名である。成人してからはほとんど耳にすることがなかった地名に小説の中で遭遇し、遠い記憶が蘇る不思議な気分になった。本書の重要人物である船頭が、わが日比を拠点に活躍しているのがうれしくなり、幸吉が身近な人物に思えてきた。

 飯嶋和一氏の小説はかなり以前に『出星前夜』を読んでいるが、私にはあまり馴染みのない小説家である。『始祖鳥記』は2000年に書き下ろし単行本で出たそうだ。

 飯嶋氏はディティールを濃厚に書き込む作風でやや重い。細かなエピソードを重ねた分厚い織物のようでありながら、話はあちこちに飛躍する。表具屋が空を飛ぶ話が急に行徳の塩問屋の情景になり、塩の製法や流通に関する話が続いて面くらう。さらには兵庫の港に停泊している弁財船の場面に移り、鳥人幸吉はどこに行ったのだと気にかかる。

 作者は悠々と輻輳した物語を展開させ、登場人物たちを絡めて、大飢饉で有名な天明から寛政の世の経済と社会を描出する。その中で「おれはこんな所でこんなことをしていていいのだろうか」という普遍的な血の騒ぎの物語を奏でている。

 出生地が玉野市日比でなくても面白く読める小説である。

 この小説を読み終えたとき、ふと加藤登紀子の「この空を飛べたら…」と「時代遅れの酒場」のメロディーと歌詞が浮かんだ。歌と小説のテイストはまったく違うのだが…

コメント

_ 通りすがり@福岡 ― 2019年02月22日 11時08分

以前、「大槌メモリアル」をご紹介させていただいた者です。
実は私はグライダーパイロットの資格を持っているので、浮田幸吉にはとても興味を持っていたのですが、こんな本が出ていたんですね、知りませんでした。さっそく買ってみることにします。
日比でお生まれとのこと、そういえば映画の「カンゾー先生」は日比が舞台でしたね。

_ 神登山 ― 2019年02月22日 23時00分

グライダーパイロットとはうらやましい限りです。浮田幸吉はグライダーパイロットのパイオニアですね。グライダーと言えば、霧ヶ峰の全日本学生グライダー競技大会を連想します。友人が事務方をやっていたことがあるので。
『大槌メモリアル』、なつかしい小説です。作者の榊原氏とは中学の1年か2年で同級だったとの記憶がよみがえってきました。
『カンゾー先生』には大煙突が出てくると弟に聞いたことがありますが、残念ながら未見です。DVDさがします。

_ 通りすがり@福岡 ― 2019年02月23日 09時16分

「カンゾー先生」のロケ地は牛窓だったと思うので、もしかすると大煙突は犬島の精錬所跡のものかも知れません。いずれにしても私はとても好きな映画の一本です。

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