時空一望の野望を抱きたくなる『全世界史』2019年02月01日

『全世界史(上)(下)』出口治明/新潮文庫
◎気宇壮大な「全世界史」概念

 ビジネスマンから大学学長に転じた出口治明氏が著した世界史の概説書を読んだ。

 『全世界史(上)(下)』出口治明/新潮文庫

 『「全世界史」講義』という表題で2016年に刊行された単行本の文庫版(2018/7)だが、「全世界史」とは気宇壮大なタイトルである。著者は歴史学者ではない。大学には世界史学科はなく専門の研究者もいない。一人の学者が読みこめる史料の限界からおのずと研究領域が限定されると聞いたことがある。

 地球上のすべての地域で発生した有史以来のあらゆる出来事を知り、それを整理解釈するのが困難だとはだれでもわかる。だが、歴史を知らずに自分たちが生きている社会を把握することはできない。

 私は高校時代には「世界史」が苦手だった。年を経て、自分の興味のある分野(「ナチ・ドイツ史」「古代ローマ史」など)の本は多少読んできたが、つまみ食いの知識はイビツで、頭の中に明快な世界史をイメージすることはできない。だから、本書は有益で面白かった。

◎第一千年紀から第五千年紀まで

 著者は文字資料が残っているおよそ五千年前から説き起こし、第一千年紀から第五千年紀までの千年単位に分けて「全世界史」を描いている。第三千年紀までが紀元前で、紀元後は第四、第五千年紀になる。千年単位という巨視的な大づかみによって歴史の見晴らしがよくなるような気分になる。
 
 五部構成だから各部が千年紀に対応していればキレイだが、近い過去と遠い過去には精粗がある。第一部で第一、第二千年紀の2000年を描き、第五千年紀は前半・後半の500年ずつに分けて記述している。

 目次は以下の通りである。この目次を眺めるだけで、時間と空間を巨視的につかむ視点が伝わってくる。
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第一部 第一千年紀 ― 第二千年紀
  第一章 文字の誕生と最初の文明
  第二章 チャリオットによる軍事革命
  第三章 黄河文明の登場とBC1200年のカタストロフィ
第二部 第三千年紀
  第一章 世界帝国の時代
  第二章 知の爆発の時代
第三部 第四千年紀
  第一章 漢とローマ帝国から拓跋帝国とフランク王国へ
  第二章 一神教革命の成就
  第三章 ムハンマドなくしてシャルルマーニュなし
  第四章 イスラムの大翻訳運動とヴァイキングの活躍
  第五章 唐宋革命とイスラム帝国の分裂
第四部 第五千年紀前半
  第一章 ユーラシアの温暖化と商業の隆盛
  第二章 中世の春
  第三章 パクス・モンゴリア
  第四章 寒冷化とペストの時代
  第五章 クアトロチェント
第五部 第五千年紀後半
  第一章 アジアの四大帝国と宗教改革、そして新大陸の時代
  第二章 アジアの四大帝国が極大化、ヨーロッパにはルイ14世が君臨
  第三章 産業革命とフランス革命の世紀
  第四章 ヨーロッパは初めて世界の覇権を握る
  第五章 二つの世界大戦
  第六章 冷戦の時代
終章 どしゃぶりの雨で始まった第六千年紀
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◎的確でユニークなおしゃべりに蒙を啓かれる

 本書カバーの紹介文には「歴史書一万冊を読んできた著者ならではの切り口で文字の誕生から混迷の現代までを縦横無尽に語る」とある。著者は幼少の頃からの活字中毒で膨大な本を読んできたと聞いたことがある。一万冊は誇張でないだろう。本書は上下2冊で約850ページなので、ざっくりと本書1ページにつき10冊以上、1行につき1冊近い書籍の裏付けがある計算になる。

 確かにそんな背景が本書から伝わってくる。著者は、話したいことの十分の一も語れていないようだ。850ページは「全世界史」を語るには少なすぎる。めまぐるしく地域を変えつつも関連付けながら記述しているのが本書の特徴である。時に出来事の駆け足羅列になるが、無味乾燥ではない。

 本書の面白いのは「おしゃべり部分」であり、時間と空間を見渡す的確でユニークな解説が随所にあり、蒙を啓かれる。

 著者は私と同じ1948年生まれなので、中学・高校では同じような教科書を使っていたはずである。そんな高校生止まりの古い知識の修正を指摘する箇所も多く、大いに勉強になった。

◎いつか集中して再読したい

 私は本書2冊を4日ほどで読み、5000年の時空間に散在するアレヤコレヤで頭がボーッとなった。そして、いつか再読したいと思った。

 再読するならば、歴史地図、年表、人名表などで多少の知識整理をし、十分なウォーミングアップをしたうえで、できれば集中して1日で2冊を読了したい。そうすれば、5000年間に地球上で人類が繰り広げてきた「全世界史」を一つの明快なイメージとしてつかんだ気になれるかもしれない。