社会学者の小説『平成くん、さようなら』で旧石器捏造事件を想起2019年01月15日

『平成くん、さようなら』(古市憲寿/文藝春秋)
 若手社会学者・古市憲寿氏が書いた小説が芥川賞候補になっている。タイトルに誘われて読んだ。

 『平成くん、さようなら』(古市憲寿/文藝春秋)

 古市氏は9年前の大学院生時代にピースボート体験題材の修士論文をベースにした『希望難民ご一行様』(光文社新書)を刊行している。当時ピースボートに関心があった私はすぐに読み、読後感をブログに書いた。その後、古市氏はテレビ出演も多い売れっ子学者になったが、彼の著作を読むのは9年ぶりの2冊目である。

 『平成くん、さようなら』の主人公は平成元年生まれの「平成(ひとなり)」という名をもつ若手文化人で、語り手は彼と同棲している女性である。

 この小説を読んでいると、田中康夫の『なんとなくクリスタル』が想起され、蓮實重彦の『伯爵夫人』と似た印象もわいてくる。過剰な同時代セレブ風俗とネット・ジャーゴンで読者を辟易させ、かつ達者なあざとさを感じてしまうのである。先入観のせいもあるだろうが、社会学者の頭脳が生み出した小説との印象が強く残る。

 主人公が29歳になった平成30年から平成が終わり新元号になる平成31年5月までの話だが、そこに描かれている日本は現実とは少しズレた異世界で、安楽死が公認されている。年間死者137万人のうちの一割強の15万人が安楽死で、かつては3万人を超えていた自殺者は数千人に激減した…そんな世界である。興味深い舞台設定だと思う。

 退位という形で自らの終焉を決めた平成という時代を安楽死とからめているのがこの小説のミソである。視力が失われていく病気や、瀕死の病をかかえた「ミライ」という名の猫も登場する。手がかりの多い小説である。

 社会学者とは、この世界のさまざまに事象や表現を解読して社会の姿や変容を明解な形で提示する人だと思う。読み解く立場の人が、読み解かれるべきテキストを提示しているのが『平成くん、さようなら』である。

 この小説を読んでいると、かつての旧石器捏造事件を思い出した。発掘調査に携わっていた研究家が事前に石器を埋設していた事件である。

 この小説は面白いとは思うが、見え見えの仕掛けを楽しめるか否かが評価の分かれるところだ。芥川賞の選考会は明日(2019年1月16日)である。他の候補作を読んでいないので何とも言えないが、本作が「平成最後の」受賞作になる可能性は50パーセント以下だと私は思う。

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