榎本武揚の評伝でその魅力を再認識2018年11月24日

『榎本武揚』(加茂儀一/中公文庫)
◎榎本武揚の評伝は少ない

 佐々木譲の小説『武揚伝(上)(中)(下)』(中公文庫)を読んだのを契機に榎本武揚に関するものを読みたくなり、次の評伝を読んだ。

 『榎本武揚』(加茂儀一/中公文庫)

 元版は1960年刊行、中公文庫になったのが1988年、いずれも古書でしか入手できない。現在入手できる榎本武揚の評伝はこの本ぐらいしかない。

 著者の加茂儀一氏は小樽商大の学長を勤めた技術史家である。「まえがき」によれば、小樽商大学長時代に榎本武揚に関心を抱いた加茂氏は、榎本の全体像を伝える伝記が皆無だと知って本書を執筆したそうだ。

 榎本の死後52年目の1960年刊行の本書は「榎本の伝記としては先駆的な意義をもつ著作」(綱淵謙錠の文庫版解説より)とされている。本書刊行から半世紀以上経過しているが、他に榎本の評伝がほとんど出ていないのが意外である。やはり不人気な人物なのか。

◎全開運転の前半生、韜晦抑制の後半生

 榎本武揚の生涯は箱館戦争終結までの前半生(34歳まで)と獄中生活を経て政府高官として活躍する後半生(34歳~73歳)に分かれる。小説『武揚伝』は前半生だけの物語だったが、文庫本で約600頁のこの評伝は前半生と後半生がほぼ半分ずつの分量でバランスはいい。

 とは言っても、オランダ留学から箱館戦争に至る前半生が波乱に富んでいて面白いのに対し、後半生はさまざまな局面におけるピンチヒッター的活躍の積み重ねで印象がやや散漫になる。前半生がおのれの意思で突き進む全開運転だったのに対し、薩長藩閥政権の中で元幕臣として生きる後半生はおのれの業績に口をつぐむ自己韜晦の抑制運転のように見える。

◎「共和国」という言葉は出てこない

 加茂氏は薩長による幕末の討幕運動に肯定的で、幕藩体制という封建制度を突き崩すための必然と見ている。薩長に反発した榎本の評伝だからといって著者が反薩長なのではない。

 戊辰戦争における榎本たちの抵抗を「感情的」とみなし、勝海舟と榎本武揚の比較では勝の方を高く評価している。勝が幕府を超えて大局的に時代を見る理性の人物だったのに対し、榎本は幕臣という意識が強すぎる感情の人物だったとしている。

 箱館を制覇したとき、榎本が選挙で総裁に選ばれたことを述べてはいるが、この評伝には「蝦夷共和国」とか「共和国」という言葉は登場しない。「朝廷からは国賊と呼ばれていたのに反して、外国からは一政府としての礼遇を受け、決して謀反人として扱われなかった。榎本軍にとっては誠に光栄の至りであると同時に、わが国史上においても特筆すべき事柄である。」との記述はある。

 幕末維新の変動を必然的な近代化と見なす加茂氏の見解は1960年頃にはスタンダードな考えだったのかもしれない。私は幕府対薩長をもっと相対的に評価していいのではと思っている。

◎榎本の福沢諭吉評価 

 本書で面白く思ったのは榎本の福沢諭吉評価である。福沢諭吉は晩年、『痩我慢の説』において勝と榎本の「変節」を厳しく糾弾し、それが今日までの榎本の低評価につながっているとも言われている。だが、榎本が獄中にいたとき、福沢は榎本の助命活動をし、榎本の求めに応じて書籍の差し入れなどもしている。

 このとき、差し入れられた書籍の内容に失望した榎本が家族に宛てた手紙に次の一節がある。

 「実は此方一同福沢の不見識には驚き入申候、もそつと学問のある人物と思ひしところ存外なりとて半ば歎息致候、是位の見識の学者にても百人余の弟子ありとは、我邦未だ開化文明の届かぬ事知るべし」

 榎本の学問のレベルが当時の日本の標準を超えていたのだろうが、なかなかの言いようである。晩年の福沢の榎本批判の根がこんなところにあったのかもしれない。


◎榎本は全能人

 この評伝の骨子は、榎本の生涯にわたる事跡を掘り起こし、同時代人には見過ごされてきた事柄を高く評価している点にある。榎本は語学の天才(オランダ語、ロシア語、フランス語、ドイツ語、英語、蒙古語、ラテン語ができた)であり、化学や鉱物学をはじめ多様な科学技術への造詣が深く、国際法に通暁した外交官であり、実証的なヒューマニストでもあった。著者が箱館戦争に至る榎本を「感情の人」と見なしているのは、豪胆なヒューマニストとして評価しているのかもしれない。

 著者は「世界史における大きな変革期はつねに全能な人間を生み出す」と述べ、榎本を明治維新という変革期に出現した全能人としている。

 全能人を一般人が正当に評価するのは容易ではないが、やはり榎本は興味尽きない人物である。

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