戦前に出た『日支事變と次に來るもの』を読んでみた2018年11月19日

『日支事變と次に來るもの』(武藤貞一/新潮社)
◎戦争の悲惨を予測した本?!

 1937年(昭和12年)発行の次の古本をネットで入手して読んだ。

 『日支事變と次に來るもの』(武藤貞一/新潮社)

 こんな本を読もうと思ったのは、先日読んだ『日本近代史』(坂野潤治/ちくま新書)で次のように紹介しているのが気になったからである。

 『盧溝橋事件の勃発からわずか二か月後に、武藤貞一の『日支事変と次に来るもの』という本が新潮社から刊行された。(…)著者の武藤は朝日新聞の論説委員ながら、台中、対英戦争への国民的覚悟を煽った軍事評論家として有名であった。(…)典型的な行け行けドンドンのジャーナリストであったらしい。(…)この好戦的で合理的な軍事評論家が1937年9月7日に発行したこの本には、驚くべき予測が並んでいる』

 真珠湾攻撃の4年前に出た本書は、日本が敗戦に至るまでに体験した悲惨な状況(食糧などの物資不足、金属製品の挑発、焼夷弾に備えたモンペ姿の婦人、などなど)を、来るべき大戦の予測として描き出しているそうだ。

 坂野潤治氏は次のようにも述べている。

 『日米戦争を覚悟し、その結果としての焼野原をも覚悟して日中戦争を戦おうと思っていた好戦論者だけが、1937年の時点で、1945年の地獄絵を描くことができたのである』

 こんな紹介を読んで、武藤という軍事評論家は本書でどんな未来図を描いたのか興味がわいた。

◎当時のベストセラー

 ネット古書店で検索すると、この本は何冊か出ていた。私が入手した本書の奥付には次のように記載されていた。

  昭和12年9月 7日発行
  昭和12年9月13日三刷
  初版五萬部
  再刷二萬部
  三刷三萬部

 発行から1週間で2回増刷して10万部、ベストセラーだったようだ。本書巻末には同じ著者による『世界戰争は、もう始まってゐる』という書籍の1頁大の広告が載っていて「既に六萬部賈切・更に一萬部出來」とある。前著も刺激的なタイトルで売れていたようだ。

 著者の武藤貞一について調べてみた。1892年生まれで、1936年に大阪朝日新聞の論説委員になり、「天声人語」も交代執筆している。1939年には報知新聞の主筆に転じ、戦後も評論活動を続け1983年に91歳で亡くなっている。
 
◎中国との戦いが全面戦争になるという見通し

 本書は張り扇の講談のような語り口で読みやすい。論説というより床屋政談に近い。来るべき世界大戦の状況をどの程度リアルに見通していたのだろうと期待して読んだが、坂野氏が『日本近代史』で引用紹介した部分が透徹した見解のすべてで、それ以上の未来図はなかった。

 武藤氏は国民に対して挙国一致で総力戦に備えよと鼓吹しているが、日中戦争の次に米英との大戦が始まるとは述べていない。中国はソ連の支援を受けていて、欧米も中国に近代兵器を供給しているので日中戦争は拡大・長期化すると述べている。ソ連参戦の可能性も検討している。

 本書では敵国中国を、日本の友邦たる本来の中国ではなく、ソ連共産党に操られた「妖魔」と描いている。次のような調子である。

 「よく歌舞伎芝居を觀ると、死人に化物が取憑いて踊り出すのがある。本人はくたばつてしまつてゐる、踊つてゐるのは本人でなく、本人の死體を借りものとした妖魔なのだ。支那は現に息絶えてゐる死屍だ。これに容共抗日の妖魔が乗り移つて、その抗日の毒手を全支に揮つてゐるのではないか。(…)もう一つ悲傪にも死人を踊らしてゐるものは歐米強國である。彼は粹興にも、支那人に近代武器をあてがふことを發見した。」

 当時の日本人の多くがこんな見解に共感したのかもしれない。

◎ユダヤ人にも言及

 現代の目から見て本書にツッコミ所が多いのは当然だが、ユダヤ人に関してヒトラーとほとんど同じユダヤ人観を展開しているのには少し驚いた。日本人にとってユダヤ人は遠い存在で関心も薄かったと思っていたし、満州ではユダヤ難民を受け入れる計画があったとも聞いていたからである。

 武藤氏はソ連共産党も米国資本主義もユダヤ人が背後で操っていると述べ、欧州大戦(第一次大戦)を始めたのも終わらせたのもユダヤ人の指揮によるとしている。ユダヤ人は「戦争を起こさせる運動」と「反戦運動」の両方を操って利益を上げているという雑駁なユダヤ陰謀論である。

 本書がユダヤ人問題を重視しているのは、極東ハバロフスク近傍でユダヤ人国家の建設が進んでいるからだそうだ。パレスチナではアラブ人の反発が大きく、極東でユダヤ人国家が出現することを警戒しているのである。

 私には初耳の話で驚いた。調べてみると、根拠のない話ではなく、スターリンは極東にユダヤ自治州を作ったそうだ。現在、そこにユダヤ人はほとんど住んでいない。

 本書が当時の日本国民にどの程度の影響力があったのかはわからないが、戦前の空気の一端に触れた気分になった。それは、始めた戦争は勝たねばならぬという、どうしようもない好戦の空気である。気をつけねばならない。