古代ローマではキリスト教に拮抗していたミトラ教2018年11月04日

『ミトラの密儀』(フランツ・キュモン/小川英雄訳/ちくま学芸文庫)
『ローマ帝国の神々』(小川英雄/中公新書)を読んだのは半年前で、読後感をブログに書いたにもかかわらず、その内容は頭の中でおぼろになりつつある。その著者の小川英雄氏が翻訳した『ミトラの密儀』が先月、文庫版で出版された。

 『ミトラの密儀』(フランツ・キュモン/小川英雄訳/ちくま学芸文庫)

 著者のキュモンはミトラ研究の第一人者で、原書が出たのは1899年である。翻訳版は1世紀後の1993年に平凡社から刊行され、15年経ってちくま学芸文庫に収録された。

 半年前に『ローマ帝国の神々』を読んだのは、古代ローマ史に見え隠れする謎のミトラ教につい知りたいと思ったからである。すでに頭の中で薄れつつある読書記憶の更新になればと本書を購入した。

 読み始めてすぐに、門外漢の私には難しい本だと気づいた。未知の固有名詞(地名、用語など)が多く、一般書というより学術書に近い。難儀なことだと思ったが、全300ページの後半100ページは「註」や「目録」で本文は200ページ、文庫本で200ページなら何とか突っ走ろうと覚悟して読み進めた。

 ミトラ教は古代イランを起源とする古い宗教で、ゾロアスター教など多様な信仰との融合で形成されている。教典などが残っているわけではなく、その内容は明確にはわかっていない。ただし、この宗教がローマ帝国に伝播し拡大していたことはさまざまな痕跡から明らかになっている。

 本書はミトラ教がローマ帝国でどのように拡大したか、その教義や典礼はどんなものであったかを、いろいろな手がかりを元に丁寧に解説している。

 途中までは読み進めるのがしんどかったが、最終章の「ミトラとローマ帝国の諸宗教」でがぜん面白くなった。ミトラ教とキリスト教の世界制覇をかけた抗争を描いているからである。

 キリスト教に制覇されるまでのローマ帝国は伝統的な多神教の世界だと思っていたが、そのローマ帝国で一大勢力を築いていたミトラ教はキリスト教と同じ一神教である。キリスト教とミトラ教との共通点も多い。というか、ミトラ教に勝利したキリスト教はミトラ教からさまざまなものを取り入れたのである。キリスト教が何らかの事情で挫折していれば、ミトラ教が世界宗教になったかもしれないとも言われているそうだ。

 キュモンはミトラ教がキリスト教に敗れた要因をいくつか分析している。その一つは、ミトラ教がローマ帝国の多神教に寛容だったのに対し、キリスト教は多神教を認めなかった点である。キリスト教の非妥協的で反抗的な姿勢が、結局は勝利につながったというのである。興味深い見方だと思った。

 現在、ミトラ教が「謎の宗教」なのは、非妥協的なキリスト教の勝利によってその痕跡の多くが消されたせいだと思われる。

 本書の最終章は次のセンテンスで終わっている。

 「このように更新されていったミトラの教義は何世紀もの間あらゆる迫害に耐え、中世の間に新しいかたちの下に再興し、新たに古くからのローマ世界を揺るがせることになるのである」

 私には、これが何を意味しているのかわからない。もう少し勉強する必要がある。