『ローマ帝国の神々』で「多神教」の実態が少し見えた2018年06月18日

『ローマ帝国の神々:光はオリエントより』(小川英雄/中公新書)
◎複雑な宗教事情

 ローマ帝国はその衰退期にキリスト教を容認し国教にする。キリスト教の神の力による帝国の再興は成らず、キリスト教を受け容れた帝国はやがて滅亡する。キリスト教という一神教を受け容れる以前のローマは多神教の国だった。

 私はゴリゴリの一神教よりは多神教の方が寛容そうで好ましいとの気分をもっているものの、その多神教の神々についてさほどの関心があるわけない。多神教の神とはギリシア・ローマ神話に登場するユピテルやアポロなどの神々だろうと漠然と考えていただけだ。

 古代ローマ史に興味があってもその宗教への関心が薄いのは、ローマ帝国の人々が天界や精神世界よりは現世への関心の方が高かったように勝手に思っているからだ。だが、巨大な神殿の遺跡などに接すと、やはり宗教の力をあなどってはいけないと思えてくる。

 で、おのれの無知を多少は補うつもりで次の本を読んだ。

 『ローマ帝国の神々:光はオリエントより』(小川英雄/中公新書)

 本書によって古代ローマの複雑で多様な宗教事情を知り、私の知らない世界を垣間見ることができた。なかなか興味深い世界だ。

◎ギリシアの神々では物足りなかった

 本書はギリシア・ローマ神話の神々について書いたものではない。サブタイトルに「光はオリエントより」とあるように、ペルシア、シリア、エジプト、小アジアなどの地域からローマ帝国に伝わってきた多様な神々を扱っている。

 「まえがき」には次のようなフレーズがある。

 「ギリシア文化とともにローマ世界に入ってきたギリシアの神々はあまりに人間的であり、信仰の対象としては不十分であった。」

 納得できる指摘だ。目から鱗が落ちた気分になる。あの神話世界の面白くもやや威厳に欠け軽率でさえある神々を「宗教」の視点でとらえるのは無理があるのだ。だから、東方のさまざまな宗教が入ってきたのだ。

 と言っても、どんな宗教も荒唐無稽に見える神話を背景にした神を戴いているし、文明の誕生とともにさまざまな場所でそれぞれの宗教が誕生する。それが、人々の交流によって混合・変質・淘汰されていく。

 ギリシアの神々もそのような文明のうねりの中の素材のひとつだったと思われる。本書を読むと、宗教とは時代ととも混合・変質していくものだとわかる。

◎キリスト教の標的になったミトラ教

 古代ローマの本には「ミトラ教」というやや怪しげな宗教が出てくることがある。本書を読もうと思ったきっかけのひとつは、このミトラ教について知りたいと思ったからだ。

 本書には「ミトラス教 --- イラン起源の神」という章があり、この宗教の概要を知ることができた。

 この宗教の神名は元々はミスラで、ギリシア人はミトラスと呼び、ローマ人はミトラと呼んだそうだ。この宗教の起源は非常に古く明確でない。複雑で曖昧だ。ゾロアスター教にもミスラがあり、中国や日本では弥勒菩薩になったらしい。広大無辺でつかみどころがない。

 ローマ帝国にはかなり多くのミトラス神殿があったそうだ。だが、4世紀にはキリスト教の標的になって神殿を破壊されオリエント系「異教」の中ではいち早く姿を消したそうだ。

◎取り込んで淘汰する

 オリエントからローマ帝国に拡がってきた宗教の真打はキリスト教であり、本書はキリスト教の正統派(アナタシウス派)が「異教」や「異端」を淘汰していく物語にもなっている。

 キリスト教は、その形成過程において他の宗教の儀式をはじめいろいろな要素を取り込み、それ故に他の宗教を迫害してきたのだ。それだけでなくギリシア哲学も取り込んでいるところが巧みだ。

 著者はキリスト教成功の要因をいくつか挙げているが、注目すべきは次の指摘だ。

 「キリスト教の信者たちは非妥協的であるのに対して、他宗派の人々はお互いの神々に寛容であった。」

 「寛容」が「非妥協」に敗北して、キリスト教世界が広まったのである。「寛容」の世界の方が「非妥協」の世界より住みよいと思うので、普遍的真実とは思いたくないが、歴史の現実である。別の視点もあり得るかもしれないが…。

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