ゲーテ初読の『イタリア紀行』でその愛嬌に惹かれた2018年04月25日

『イタリア紀行(上・中・下)』(ゲーテ/相良守峯訳/岩波文庫)
◎シチリア旅行がきっかけ

 来月、シチリア旅行を予定している。その準備の一環としてゲーテの『イタリア紀行(上・中・下)』(相良守峯訳/岩波文庫)を読んだ。

 ゲーテと言えば晩年に至るまで恋愛をし「もっと光を!」という最期の言葉で生涯を終えた向日的な文豪というイメージがある。その作品をまともに読んだことはない。数年前に文庫本で『ファウスト』を購入したものの積んだままだ。その未読の『ファウスト』を差し置いて、ネット古書店で入手した『イタリア紀行』を読むことになってしまった。

 きっかけはシチリア旅行に備えて読んだ『シチリア歴史紀行』(小森谷慶子/白水社)という本で次の一節の接したからだ。

 「やや聞き飽きた感のあるゲーテの名言をもじりたくはないのだが、私もやはり次のように感じずにはいられない。シチリアという世界の鍵を開けることなしには、イタリアのことはもちろん、地中海世界のことなど何も理解できはしないのだ、と。」

 ゲーテの名言は知らないが、この一節でゲーテに『イタリア紀行』なる書があることを思い出し、旅行記なら読みやすかろうと興味がわいたのだ。

◎上巻と中巻が面白い

 ゲーテは25歳で発表した『若きウェルテルの悩み』で有名になり、32歳でヴァイマル公国の宰相になるも、37歳の時に休暇を願い出てイタリアへ旅立つ(1786年9月)。帰国するのは2年後だ。その2年間に故国の知人・友人あてに書いた報告書風の書簡をまとめたのが『イタリア紀行』だ。

 ゲーテが長期滞在したのはローマで、ナポリやシチリアも訪ねている。訳本の上巻は故国を出てからローマに至るまでの報告だ。途中、ヴェネチアには16日間滞在しているがフィレンツエには3時間しか滞在していない。中巻はナポリとシチリアの報告だ。ナポリ滞在中のゲーテはシチリア旅行を逡巡していて、結局行く決断をし、1787年3月29日にナポリ出港、5月17日に帰港している。約1カ月半のシチリア旅行だ。

 この上巻と中巻は初めての風物に触れる新鮮な体験や興味深いエピソードが綴れていて面白い。

 下巻はローマに戻ってからの約10カ月間の滞在記で、美術品鑑賞や自身の創作活動の報告が中心でやや退屈である。

◎イタリアという地域概念

 ゲーテがイタリア旅行をした18世紀。イタリアという統一国家は存在しない。ヴェネチアはヴェネチア共和国、フィレンツエはトスカーナ大公国、ローマは教皇領、ナポリとシチリアはスペイン・ブルボン家の王国だった。

 本書にはそんなややこしい状態を反映した記述も多少はある。しかし、むしろ当時の欧州人にとってイタリアという地域概念はすでに明確だったように感じられた。

 ヨーロッパを把握するには国という概念だけでなく、地域、民族、さらには◎◎家という汎国家的な王家のからみ具合を捉えねばならないと再認識した。ややこしいことである。

◎ゲーテは自然科学が好き

 意外に思ったのはゲーテの関心が芸術作品や遺跡だけでなく岩石や植物などの自然科学の領域に及んでいることだ。後者のウエイトの方が大きいようにさえ感じられる。

 噴火中のヴェスヴィオ火山に登った話には驚いた。ゲーテはポンペイ遺跡よりは熔岩や火口への関心が高い。降り注ぐ噴石の合間を縫って熔岩を観察し火口を覗こうとさえしている。一歩間違えれば遭難していたはずだ。

 シチリア旅行においてはシラクサ訪問をパスした経緯も面白い。パレルモを出発して古代遺跡などを巡りながらメッシーナを目指していたゲーテは、シチリアはイタリアの穀倉といわれているのにそれらしい風景に出会わないのを不思議に思いガイドに質問する。ガイドは「それを得心なさるにはシラクサを通らず、斜にこの国を横切って行かなければなりません。そうすれば小麦のたくさん産する地方を御覧になれましょう」と答える。

 そこでゲーテはシラクサ行きの中止を決める。古代ギリシア・ローマ時代に高名だった町を訪ねるよりは、現代の穀倉地帯を見る方が重要だと判断したわけだ。現世への関心の高さに感心する。さすがゲーテだ。

◎ゲーテに世俗人の愛嬌あり

 ゲーテの旅行は変名を使った「おしのび」の旅行だった。しかし、随所で「ウェルテル」の作者とバレて、それなりの楽しそうに振舞っている。また、故国に送り続けていた報告書によってローマへの憧れを喚起された友人・知人たちが大挙してローマに来ようとしているのを知り、あせってそれを阻止しているのも面白い。せっかくの「人払い」が無駄になってしまうからだ。自業自得だと思うが、愛嬌を感じる。

 『イタリア紀行』を読んでいると、ゲーテが「文豪」ではなく世俗に生きる等身大の人物に見えてくる。それが収穫だった。

◎ゲーテの名言

 なお、本書を読みながら、『シチリア歴史紀行』で言及されていた「聞き飽きたゲーテの名言」探索も試みた。それは次の一節のようだ。

 「シチリアなしのイタリアというものは、われわれの心中に何らの表象をも作らない。シチリアにこそすべてに対する鍵があるのだ。」

◎蛇足

 『イタリア紀行』を読みながら密かに期待していたのはギボンの『ローマ帝国衰亡史』への言及だ。ギボンはゲーテよリ12歳年長の英国人だ。ゲーテは英語も読解できたので(本書にそれを裏付けるエピソードもある)、刊行時から評判だった『ローマ帝国衰亡史』を読んでいた可能性は高い。しかしギボンへの言及はなかった。古代ローマの遺跡を巡りつつも、文明の滅亡という陰気な物語よりは現世の陽光を楽しんでいたようだ。

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