ゾロアスター教の面白さを発見2018年03月18日

『宗祖ゾロアスター』(前田耕作/ちくま学芸文庫)
◎ゾロアスター教に関わる二つの気がかり

 『ギリシア人の物語』(塩野七生)、『世界の歴史4 ギリシア』(村田数之亮) など古代ギリシアの本を読んでいて、ギリシアのライバルだったペルシアがゾロアスター教の国だという記述に出会い、ゾロアスター教が少し気になった。

 遠い昔のゾロアスター教という宗教について知っていることがあまりに少ないことに気づいたのだ。拝火教という妖しげな呼び名を知っているだけだ。だが、気がかりなことが二つある。

 一つはニーチェの『ツァラトゥストラ』である。遠い昔の学生時代に途中まで読んで挫折し、いつかは読まねばと気になっている「世界の名著」だ。ツァラトゥストラがゾロアスターだとの知識はあるが、何故ゾロアスターを描いたのかが理解できない。

 もう一つは東芝のマツダランプである。LED時代の今は生産されていないが、かつて東芝の白熱電球はマツダランプというブランド名だった。その「マツダ」は「松田」ではなくゾロアスター教の神様の名だということは小学生の頃に知った。だが、なぜ東芝の電球がそんな神様の名なのかの謎をかかえたまま69歳の高齢者になってしまった。

◎『宗祖ゾロアスター』は単なる解説本ではなかった

 「拝火教」「ツァラトゥストラ」「マツダランプ」という単語以外は白紙のゾロアスター教を少しは知りたいと思い次の本を読んだ。

 『宗祖ゾロアスター』(前田耕作/ちくま学芸文庫)

 入門的な啓蒙書ではなくやや学術的な内容の本で、門外漢の私には難しい部分があったにもかかわらず興味深く読み進めることができた。

 ゾロアスター教はユダヤ教や仏教よりも古い宗教で、宗祖ゾロアスターの生年は紀元前1000年から紀元前600年の間のどこかだそうだ。かなり大きな幅だ。ゾロアスター教の神はアフラー・マズダーで、この神による奇蹟でゾロアスターが誕生する。当初、ゾロアスターの教えは既存の宗教と対立し迫害されるが、一人の国王がゾロアスターの教えに帰依したのを契機に拡がっていく。キリストの物語に似ている。

 アケメネス朝ペルシア、ササン朝ペルシアはゾロアスター教の国だったが、その後、この地域はイスラム教になりゾロアスター教は衰退する。だが、消滅したわけではなく、現在もムンバイやカラチでパールシー教という名で生き延びている。

 本書はそんなゾロアスター教の歴史や教義の単なる解説書ではなかった。ヨーロッパが、遠い昔に中央アジアで生まれたこの宗教をどうとらえ、どう影響を受けてきたか、それを解明しているのが本書の眼目である。

◎ヨーロッパにとっては「東洋の叡智」

 ヨーロッパ文化がゾロアスター教に影響を受けているとは思いもよらなかったので、本書によって蒙を啓かれた。

 まずは、プラトンやアリストテレスがゾロアスター教をいにしえの東方の叡智としてとらえ、それを蘇らせ発展させて新たな思想を紡いだ。ヨーロッパ文化の基盤であるギリシア哲学の古層にゾロアスター教があったのだ。

 キリスト教もゾロアスター教の影響を色濃く受けている。著者は「東方の三博士はゾロアスターをキリスト教と結びつける蝶番の役割を果たしたと述べている。

 ゾロアスターは「叡智の人」「魔術者」「占星術者」というさまざまな姿でとらえられ、ヨーロッパの人々はかなり自由なイメージでゾロアスター像を作り上げていった。遠い昔のアジアの人物に関する史料は少なく、ゾロアスター教も時代とともに変わっていったので、その姿はかなり漠然としたものになったようだ。

 ルネサンス時代にもゾロアスターへの関心は高まり、その後も18世紀のヴォルテールはローマ・カトリック批判にゾロアスターを援用し、モーツァルトはゾロアスターが登場する『魔笛』を作曲する。19世紀になるとバルザックやニーチェがゾロアスターに着目した著作を刊行する。

◎デュペロンの波乱万丈

 本書の中で特に面白かったのは18世紀の香料商の息子デュペロンの波乱万丈の物語だ。デュペロンはゾロアスター教の聖典を探索するため、言語を学んだうえでインドに旅立ち、艱難辛苦の末についに聖典を入手し、それを翻訳して発表する。その様子を著者は次のように記述している。

 「デュペロンの大冊刊行はヨーロッパに大きな反響を捲き起こした。誰も読むことのできなかった「ゾロアスターの著作」が初めて人びとの手に渡されたのである。大いなる驚きの次に深い失望と激しい反発、そして小さな称賛がやってきた。」

 当時の知識人にとって、その内容が期待外れだったのでニセモノだとの批判が起きたのだ。その批判が的外れだとされるのは60年以上後になってからである。

 聖典といってもその表現はかなり漠たるもので、解読・解釈は容易でないのだ。

◎ツァラトゥストラとマツダランプ

 本書は『ツァラトゥストラ』にも踏み込んで言及していて、ニーチェのゾロアスターへの関心が了解できた。

 マツダランプへの言及は本書にはない。だが、東芝のホームページに以下の説明があった、

 〔「マツダ」の名称は、ゾロアスター教の光の神である「アウラ・マツダ」に由来している。これは、1910年GE社をはじめ世界各国の代表的な電球会社がタングステン・フィラメントの改良研究を目的に会合した際、今後各国で製作する一流のタングステン電球には「マツダランプ」としようと決められたからであった。〕

 GEをはじめとする世界の電球会社が「マツダ」を選んだのは、ヨーロッパ文明の背景にゾロアスター教があることの証だろう。本書を読むとよくわかる。

 ゾロアスター教は古代の中国にも伝わっているし、仏教にも影響を与えている。東芝が「マツダ」を受け容れるのは当然だったのだろう。

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