『騙し絵の牙』は出版という構造不況業種の業界小説2017年11月22日

『騙し絵の牙』(塩田武士/KADOKAWA)
 現代を反映した面白い小説を読んだ。

 『騙し絵の牙』(塩田武士/KADOKAWA)

 著者は1979年生まれ。山田風太郎賞を受賞しているそうだ。私にとっては初読の作家だ。

 表紙や扉に俳優・大泉洋の写真が掲載されていて、オビには『唯一無二の俳優を「あてがき」した社会派長編』とある。俳優を「あてがき」した戯曲や脚本はあるが小説は珍しい。この小説は現在のところ映像化されているわけではなく、小説の売り出し方の新たな試みのようだ。本文内にも挿絵替わりに大泉洋の写真が何枚も挿入されている。

 そのような「よくわからない」新機軸を打ち出しているところに、この小説の内容に連動した仕掛けが潜んでいる。この小説は「本や雑誌が売れない時代にどうやって小説を売るか」を題材にした出版業界小説なのだ。

 大泉洋が扮する主人公・速水輝也は大手出版社のカルチャー誌の編集長で、廃刊の瀬戸際にある雑誌の立て直しに苦闘している。私は出版の現状をよく知っているわけではないが、構造不況業種と言われる出版業界の実情を描き出していると思えた。アマゾンを思わせる企業も出てくる。

 本書にはパチンコ業界も出てくる。小説やアニメが版権収入を得る先としてパチンコが大きなウエイトを占めつつあることを初めて知った。確かに世の中は変わりつつある。

 デジタル化の大波に晒されている出版業界を描いた『騙し絵の牙』の読みながら、先日読んだバルザックの大作『幻滅』を想起した。新聞・広告などのジャーナリズの勃興期にうごめく人々を描いた『幻滅』の現代版が活字メディアの衰退期にうごめく人々を描いた『騙し絵の牙』と言えなくもない。そう思うと登場人物たちもバルザック的人物のように見えてきた。彼我の重量感の違いは19世紀と21世紀の違い。いたしかたない。

 (蛇足)
 本書を読み終えて、この小説の版元が「角川書店」でなく「株式会社KADOKAWA」だと気づいた。手元の角川文庫の発行も「株式会社KADOKAWA」になっている。いつの間にか「角川書店」は「株式会社KADOKAWA」に変わっていたのだ。本書の内容を反映していると感じた。