司馬遼太郎の『城塞』『覇王の家』で家康像を探る2017年08月21日

司馬遼太郎の『城塞』『覇王の家』で家康像を探る
 先月、『関ヶ原』(司馬遼太郎)、『影武者徳川家康』(隆慶一郎)を読んだので、その印象が残っているうちに家康関連の歴史小説を読んでおこうと思い、次の2編を読んだ。

 『城塞(上)(中)(下)』(司馬遼太郎/新潮文庫)
 『覇王の家(上)(下)』(司馬遼太郎/新潮文庫)

 『城塞』は関ヶ原後の大阪冬の陣・夏の陣、『覇王の家』は家康そのものを描いた小説である。

 元来、私は徳川家康にさほどの関心はなく、老獪なタヌキ親父という通俗的イメージと「経営者のアイドル」という胡乱なイメージを持っていただけだ。私が十代の頃(半世紀前)、山岡壮八の『徳川家康』という長大な小説(現在、文庫本26巻になっている)が「経営者の指南書」としてブームになった。私はその現象を冷ややかに眺め、若者には無縁の本だと思っていた。

 つい最近、大学時代の友人と飲んでいて、私と関心領域が重なっていると感じていた理系の彼が高校時代に山岡壮八の『徳川家康』を読破していたと知った。驚愕・感心すると同時に人間の多様性とおのれの狭量を再認識した。

 『関ヶ原』を読んだとき、国民作家・司馬遼太郎が家康を権謀術数のイヤな人物に描いているのを少し意外に思った。狡猾な人物という印象だけが残り、「経営者のアイドル」という要素が感じられなかったからだ。『城塞』と『覇王の家』で司馬遼太郎が家康をどう観ているか再確認したいと思った。

 『城塞』の家康のイメージは『関ヶ原』と連続した老獪なタヌキ親父だった。だが、『覇王の家』の家康像はやや異なっている。律義な合理主義者でありながら狂気を帯びることもあったと述べられている。家臣を無条件で信頼するという美徳を持っていたという指摘や「人のあるじ」であることの不自由さを自覚し、自分をそんな存在だと規制していたとの見解も示されている。これらは「経営者の指南書」につながるかもしれない。

 ちなみに、これらの作品の発表年は『関ヶ原』が1966年、『城塞』が1972年、『覇王の家』が1973年である。作者の家康観が年とともに変化したわけではなく、作品のスタイルによって叙述の視点や濃淡が異なっているのだと思われる。

 『関ヶ原』と『城塞』は、「関ヶ原の戦い」「大阪冬の陣・夏の陣」という大事件を巡って蠢く人々の人間ドラマであり、主人公らしき人物はいるものの基本的には群像劇だ。そこに作者の多様な人物論がおりこまれている。『覇王の家』は家康の生涯を検証しながら、その後幕末までの時代精神も俯瞰しようとした史談である。物語としての面白さは『関ヶ原』『城塞』にあり、歴史を鳥の目で見る妙味は『覇王の家』にある。

 司馬遼太郎は『覇王の家』において家康の「農民性」「閉鎖性」「独創性のなさ」などを指摘し、それがその後の日本の気風を形成したとみなしている。次のような記述もある。

 「信長や秀吉は貨幣経済に力点を置き、さらに国家貿易を考え、国家そのもを富ましめようとしたが、家康の経済観は地方の小さな農村領主の域から一歩も出ず、結局この家康の思想が徳川政権のつづくかぎりの財政体質になり、財政の基礎を米穀に置きつづけるようになり、勃興してくる商業経済に対抗するのにひたすら節約主義をもってし、そのまま幕末までつづく。」

 「徳川幕府は、進歩と独創を最大の罪悪として、三百年間、それを抑制しつづけた。あらたに道具を発明する者があればそれを禁じ、新説に対しては妖言・異説としてそれを禁じた。異とは独創のことである。異を立ててはならないというのが徳川幕府をつらぬくところの一大政治思想であり、そのもとはことごとく家康がつくった。家康の性格がそうさせたものとみていい。」

 手厳しい見解である。どこまで当たっているか、私には判断できない。家康の影響も大きかったろうが、それに対抗する精神活動も育まれたのではなかろうかとも思えるのだが…。

 『覇王の家』はやや尻切れトンボの小説である。家康誕生以前の三河の情況概説から始まり、小牧・長手久の事後処理の家康45歳までが語られ、次の章はいきなり「その最期」というタイトルで、74歳で家康が没する場面になる。没するまでの30年間(その間に家康の関東入国、秀吉逝去、関ヶ原、大阪の陣など大事件が続く)はバッサリと省略されている。『関ヶ原』『城塞』と重複するから飛ばしたのだろうか。45歳までで家康像は語り尽くせたと作者が判断したのかもしれない。

 いずれにしても『関ヶ原』『城塞』『覇王の家』と続けて読んだのは正解だったと密かに自己満足した。

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