安部公房の『城塞』が半世紀を経て復活2017年04月22日

 今月初旬、新国立劇場中劇場で『葵上・卒塔婆小町』(作:三島由紀夫、演出・美術・主演:美輪明弘)を観たとき、劇場入口付近に『城塞』と大きな文字で印字された看板があった。近日上演の芝居の案内だと分かったが、私には馴染みのない知らない芝居だと思った。その看板を遠目に眺めながら私は次のようなことを考えていた。

 「そういえば、ずいぶん昔に安部公房も『城塞』という戯曲を書いていたなあ。あれと同名の芝居だ。ありふれたタイトルなんだ。」

 看板の前をさほどの興味もなく通り過ぎるとき、ちらりと「作 安部公房」という文字が飛び込んできた。びっくりした。それはまさに安部公房の『城塞』だったのだ。

 私は半世紀近く昔の学生時代には安部公房ファンだったので、彼の小説や戯曲はほぼすべて読んでいる。かつてはヒーローに見えた安部公房も没後20年以上が経過し、忘れられた存在になりつつあると感じている。三島由紀夫や井上ひさしの芝居が没後も継続的に上演されているのに対し、安部公房の芝居が上演されるという話は聞かない。

 そう思っていたので、安部公房の数ある戯曲の中でもあまり知名度のない『城塞』が新国立劇場で上演されるという事態は想像もできなかったのだ。

 さっそく劇場窓口でチケットを手配し、本日(4月22日)、『城塞』(作:安部公房、演出:上村聡史、主催:新国立劇場)を新国立劇場小劇場で観た。

 今回知ったのだが、『城塞』をはじめ安部公房のいくつかの芝居が昨年俳優座で上演されたそうだ。安部公房の芝居が最近は上演されていないというのは私の思い過ごしだろうか。

 『城塞』の初演は1962年、私は地方在住(岡山県玉野市)の中学2年生で、安部公房という作家の名も知らなかった頃だ。戯曲は『文藝 1962年11月号』に掲載されている。私は、安部公房に関心をもち始めた60年代末にこの雑誌を古書店で探索入手して『城塞』を読んだ。その後、1970年1月発行の『安部公房戯曲全集』(新潮社)にこの戯曲は収録された(「全集」と銘打ったこの単行本は全戯曲を収録しているのではなく、収録されていないアジプロ戯曲もある)。

 戯曲を読んだのは半世紀近く前なので、かすかな印象が残っているだけだ。観劇に先立って戯曲を再読し、『安部公房全集 016 1962.04-1962.11』に収録されている『城塞』に関する安部公房のいくつかのコメントにも目を通した。その抜粋は以下の通りだ。

 「ナンセンス・コメディは、いつの間にやら、深刻きわまる重量級ドラマに変わってしまっていた」
 「この作品もまた、その本質は、同じ喜劇なのだということである」
 「あるブルジョアジーをブルジョアジーとして確立するプロセスを内的に捉えて、それがやはり民族とか国家というものを内的に超えることでブルジョアジーとして確立してくという点を、明瞭に出したかった」
 「階級制をくもらせる、霧のようなイデオロギー、民族だとか、祖国だとかいう、あの危険な思想と対決してみたいというのが、こんどの作品の中心テーマだったのです」

 このように作者のコメント羅列してみると1962年頃の左翼的な気張りがむんむんとしてきて、時代の香りがする。満州で財を成し戦後も軍需で事業を拡大させた資本家の家庭を舞台にした芝居である。劇中で二回出てくる資本家の次の科白も印象深い。

 「戦争で負けたくらいで、国が死んだりするものか……国家を殺すことができるのは、革命だけさ」

 と言っても『城塞』は図式的な資本家糾弾プロパガンダ劇ではなく、歴史という現実を紡ぎあげていく人間の姿を演劇的かつ普遍的に描いている。だからこそ、21世紀の現代に若い演出家によって再演されることになったのだろう。

 安部公房の戯曲が再演されることを、その作品が古典に近づいたと寿ぐこともできるかもしれないが、時代のうねりが回帰しているのではないかとも感じられる。それは決して目出度いことではない。

 今回の舞台の美術にはいろいろ工夫があった。最後のシーンで東京タワーを遠望する窓からの俯瞰が、拡大していく日の丸に変容していくさまはクライマックスの効果を盛り上げて効果的だった。現代へのメッセージを感じた。

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