チェーホフとシェイクスピア---文豪の2本立て公演2017年04月16日

 明治座で東京乾電池のチェーホフとシェイクスピアの2本立て公演を観た。明治座と東京乾電池という取り合わせが異種格闘技風だ。チェーホフとシェイクスピアという組み合わせは盤石の文豪タッグで世界文学全集の1巻のようである。4月15日の1日だけの特別企画だそうだ。

 第一部はチェーホフの『煙草の害について』で柄本明の一人芝居、第二部はシェイクスピアの『夏の夜の夢』だ。観劇の前に戯曲に目を通した。『夏の夜の夢』は手元の世界文学全集に福田恆存訳が収録されていた。『煙草の害について』は『ちくま文学の森(6) 思いがけない話』に米川正夫訳で収録されていた。どちらも肩の凝らない軽喜劇で、文豪と称される作家もこういうものを書いていたのかと思うとホッとする。

 舞台は第一部の方が第二部より面白かった。第一部『煙草の害について』は戯曲で8頁の短い一人芝居だが、柄本明はこれに独自のギャグを盛り込んで1時間で演じた。上手いものだと思った。

 公演のチラシによれば、『煙草の害について』は「作・チェーホフ、演出・構成・柄本明」となっている。『夏の夜の夢』は「作・シェイクスピア、訳・福田恆存、演出・柄本明」と訳者を明記しているのに『煙草の害について』には訳者が載っていない。柄本明がかなり自由に脚色したからだろう。その分、面白さが倍加している。

 第二部『夏の夜の夢』は一応は福田恆存訳の戯曲の科白を役者たちがそのまましゃべっているのだが、いろいろな工夫が盛り込まれていた。

 『夏の夜の夢』は他愛もないコメディで、祭りの演し物のような目出度い芝居ではあるが16世紀の芝居だ。現代の日本人が当時の英国人の感性で舞台を楽しむのは容易でない。シェイクスピアという名前にひれ伏して教養主義的に古典鑑賞の気分で観劇するのではつまらない。

 柄本明演出は福田恆存訳の戯曲をできる限り楽しく猥雑に演じようとしている。科白にはルー大柴的なジャパニーズ・イングリッシュが入り、昭和歌謡曲を盛り込み、衣装はデタラメだ。柄本明演ずる妖精の王はステテコ、ダボシャツ姿でマントは唐草模様の風呂敷である。古典ではなく笑劇として演じようとする工夫だろう。

 何百年も昔の芝居に当時の人が感じたであろう面白さを現代の観客に追体験させるのは容易でない----『夏の夜の夢』を観劇しながらそんなことを感じた。

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